第5話 男子高開始!

 土日は呆気なく過ぎ去った。


 というワケで、本格的にオトコだらけの学校生活が始まりやがる。




 6:00

 目覚ましが鳴る。


 起きたくない。

 ヒジョーに起きたくない。

 布団から出ることをモーレツに拒絶する身体。

 激しい嫌気を伴った眠気と戦うこと五分。どうにかこうにかねじ伏せ布団から出る。

 朝飯を食って、敗北者の証である制服を着る。

 校章の入った雑嚢を肩に掛け、四角い帽子をかぶると準備完了。

 心を無にしてバス停へと向かう。


 バス停は極々近所。家の敷地を出て右に曲がったらすぐのところにある。距離にして100m前後。「玄関開けたら二分でご飯」よりも早く着く。多分歩いて1分かからない。急行や快速も停車するからなかなか便利、なのだが…今回ばかりは全く喜ぶ気になれない。


 バス停には既に高校生が数名いて、雑談で盛り上がっている。

 彼らの制服は学ランやセーラー服。ということは、落ちた県立の生徒。そして、全員同じ集落に住む上級生で小さい頃からの顔見知り。なのだけど、挨拶とか会釈といったやり取りは一切無い。これは昔から人見知りが激しくコミュニケーション能力が異常なまでに低かった(今も低い)ため、コチラから接触することを全力で避けてきた結果の賜物だ。

 あえて彼らの視界に入らないよう、少し距離を取ってバスを待つ。


 県立の制服を目にしながらしみじみ思う。


 ―――あ~あ…なぁしあそこで頑張りきらんやったっちゃかね…受かっちょったら今頃オレもあの制服着れちょったんに。―――


 と。

 マジで後悔しかない。


 ―――一人だけチャックの制服とか…―――


 居心地が極めて悪い。

 被害妄想が発動しているため、「見てん。あいつ、ウチ落ちたんばい」と、言われているような気になってくる。

 実際は彼らから離れているため、噂されるどころか存在すらハッキリ認識されていないのだけど。


 只今時刻は七時ちょっと前。県立の生徒が登校するには早過ぎる時間。


 ―――こいつ等何でこげ早いん?県立っち始まる時間、だいぶん後よね?―――


 疑問に思っていたら、「課外」という言葉が聞こえてきた。どうやら朝課外を受けているらしい。



 待つこと数分。

 この田舎町には全く似合わない、真っ赤な車体に白で大きく「RED LINER OMNIBUS」とラッピングされた、いすゞ製オシャレバス到着。ウインカーが上がり停車する。

 車体の中央にある自動ドアが開き乗り込むと、中は結構な満員っぷり。見た感じ7~8割が学生で、他は社会人といったトコロだろうか。

 整理券を取り、詰めようとするが、そんなに奥までは進めない。

 そのままドアが閉まり発車。


 乗車してすぐ、同じ制服複数発見。


 ―――へ~…意外とおるもんやな。―――


 全く知らない顔だから多分隣の中学出身者。学年組章を見ると上級生。


 ざっと見渡すと同中の友達や先輩、塾で知り合った者の顔がチラホラ確認できる。喋りたいけど乗客が多過ぎて身動きが取れず、近寄れない。機会を伺っていたのだが県立の生徒は途中で降りてしまうため、挨拶すらできなかった。

 結果からいうと、この状態は三年間ずっと変わらなかった。というのも人にはそれぞれ「自分の位置」があって、ほぼ毎日同じ人間がそこにいる。余程のことがない限りその位置は変わらないから、なかなか近寄れないのだ。そんなバス事情だから、三年間で喋れた回数は10回にも満たない。

 ちなみにこの定位置現象は電車でも起こる。



 終点である駅に到着すると、整理券を運賃箱に入れ、定期券を運転士に見せ、降りる。

 駅舎に入り、改札を済ませ、学校方面行きの車両が到着するホームへと向かった。

 その途中。

 同じ制服を着ている人間がまあまあいることに軽く驚く。

 制服自体のイヤさと恥ずかしさは無くならないが、少数派故に起こる疎外感だけは無くなった。


 ホームで待つことしばし。

 6両編成の電車が入ってくる。

 ちょい新し目で銀色の車体。妻部分が黒で貫通扉には「CT」と白色の文字。ドア横には黒地に白抜きで線名。その下には黄色い四角の中に「817 commuter train」と書かれている。バスに引き続き、田舎には全然似合わないシンプルで垢抜けた車両。

 乗り込むと内装も外装同様にちょっとオシャレ。と一瞬思ったが、よく見なくてもしょぼい。シートはコンパネみたいな合板で、それに革風のクッションが張り付けてあるだけ。あからさまにチープな感じがする。ドアの両脇には折りたたみ式で一人掛けの補助イス的なシート。「使用可能」のランプが点いていないから、座面が上がったままロックされていて座れない(朝の通勤通学時間帯は使用できないことが数日後分かった)。各ドアの横にはカバーが掛けてあり使用されていない整理券の発券機。運転台と客室の仕切りの上部には料金の表示機なんてものがあるからちょっとバスみたいだ。


 ここでも乗ってすぐ同じ制服発見。しかもかなりいる。もしかしなくても、この電車に乗っている高校生では多数派だ。

 県立敗北者といって指をさされ、陰で笑われることを恐れていたが、今のこの状況を見る限りそんなことはなさそうだ。これだけいれば自分だけが変に目立つことはない。


 始発じゃないからかなりの混雑っぷり。座れないのでドア付近に立つことにする。発券機と畳まれた補助イスの隙間に挟まると、これがなんともいい感じ。揺れてもふらつくことがないからなかなか楽ちんだ。


 駅に止まる度、結構な数の紺色チャックが乗ってくる。

 隣の地区に入ってからはその数が急激に増加。というのもここは県内で二つある政令指定都市の一つで人間がとても多いのだ。よって一駅で乗ってくる人数が桁違い。

 学校が近づくにつれ、駅員が押し込まなければ乗れないほど混んでくる。車両が揺れる度に寄りかかられ、押しつぶされる。

 初めて味わう通勤通学ラッシュ。大人数の恐ろしさを思い知った。


 オトコとは別の嫌気と戦っているうち到着。ドアが開くと同時に弾き出されるかの如く車外へと押し出された。


 駅を出て紺色の波に流されてゆく。山の上にある学校まで途切れることなく続く紺色の帯はいつ見ても気色悪い。


 と、ここで。


 今世紀最大ともいえる大発見をしてしまう。

 集団の中に結構な数の女子がいる!


 ―――え?なんで女の子おるん?―――


 あまりの嬉しさに勃起してカウパーが出そうになる。

 少し考えて、


 ―――あ~、なるほど。女子部か。―――


 納得した。

 初めて見る女子部の制服。←バスや電車の中で散々見ていたはずなのだが、それが女子部の制服とは気付かなかっただけ。

 紺色のブレザーで胸ポケットには水色の花文字(学校名の頭文字)。短すぎないスカートが上品さを醸し出している。紺色のハットを冠っていて、なんか…どこぞのお嬢様みたい。


 女子部は男女交際厳禁(バレたら停学処分になる)なので男子部の生徒との接点を断つべく、駅からはスクールバスの利用を強く推奨している。

 このスクールバスは、男子部の教師や大学生、教授なんかも利用することができる。というか、男子部の生徒だけが利用できないのだ。ということが後々わかることになる。


 それはさておき、スクールバスを利用しない女子がいる。

 そのことに関してのみ、猛烈に嬉しくなった。


 ―――お知り合いになれたらいいのにな。―――


 淡い(=×。激しい=○)期待を抱いた。

 とりあえず楽しみができたことを嬉しく思いつつ、学校に到着。



 校門には門立ちしている複数の教師。その中の一人は短めのシンサイ刈りに鋭いまなざしで、金属光沢のあるダボダボのジャージに身を包んでおり、とても教師とは言い難い。というかヨゴレそのものだ。手にはオモリを仕込み破壊力アップチューンが施された短い竹刀を持っている。他の教師もそれに負けず劣らずヨゴレチックな風貌だ。


 何人か前を歩いていた生徒が、


「おい!お前!お前たい、お前。」


 ヨゴレ先生から呼び止められた。それでも無視して通過しようとすると、


「コラ!無視すんなちゃ!こっちこんか!これ違反ズボンやねーか。」


 腕を掴まれ力ずくで紺色の帯から引き離され、ケツを思いっきしぶっ叩かれた。

 そして、


「放課後職員室来い。」


 死の宣告。

 この宣告を受けると丸坊主が待っている(後で知った)。


 ここの学校では教師による体罰が親公認だったりする。自分らでは至らなかった分、先生に躾けをお願いする、といった親が大部分なのだ。だから、叩かれて多少怪我したくらいじゃ苦情を言ってくる親はいない。むしろ喜ばれるから、先生たちも全く容赦ないのだ。ゲンコツやビンタは日常茶飯事だし、丸坊主は一切の躊躇なくやられる。少しでも反抗的な態度を見せようものなら蹴り倒されて馬乗りでボコボコにされたりする。

 生徒の人権なんかあってないようなモノなのだ。


 朝っぱらから嫌なものを見せつけられ、早速下がるテンション。

 教室に入ると入学式の時見たお通夜モードが今なお続行中だった。会話なんか一切ない。一人一人の呼吸音が聞こえてくるようだ。

 この空気に耐えきる自信がないため、便所に一時避難。

 パンツがヒヤッとしたのでションベンついでにチン先を触るとかなりヌルヌルになっていた。どうやら先ほどの女子部に反応したらしい。気持ち悪いからウンコ便所に入ってトイレットペーパーで拭いた。


 誰とも話すことなく、チャイムが鳴りホームルーム、からの授業が始まりなんとなく午前の部終了。

 やっと昼休みだ。

 それにしても会話というものが全くない。朝起きてからこれまでほぼ言葉を発してないのだ。出欠を取った時、「はい」と返事をしたのが今日唯一の発声である。


 昼休み中も無言は続く。

 まだ全員が様子をうかがっている状態、というのもあるのだろうがここまでとは。オトコしかいないので、最初から騒がしいものだとばかり思っていたのだが、実際は違った。誰も何一つ喋ろうとしない。動きも少なく、学食や便所に行く人間が席を立つ以外は全員着席。食い終わった人間は寝ているかボーっとどこか遠くを見つめているか。

 休み時間とは思えないほどの静けさだ。


 何の会話もないまま午後からの授業が始まり、そして終わると下校。できるだけこんな場所にはいたくないためすぐに席を立ち、駅へと向かう。

 帰りも女子部の生徒がいるから目の保養をしながら歩く。やっぱしカウパーが出てチン先がヌルヌルになった。ムラムラしてきたので帰って2~3発しごき倒すと心に誓う。

 行きは山登りだったから20分ほどかかったが、帰りは下りだから極端に早い。10分足らずで駅に着いてしまった。

 このことからここが如何に急斜面かが分かってしまう。


 駅で待っていると電車が入ってきた。行先表示を見ると、運がいいことに直行便だ。

 乗り込むと空席が目につく。どうやら帰りはラッシュじゃないから座れるみたい。知らない人が隣に座るとイヤなので、進行方向に向いたドア横の折りたたみ椅子に腰かける。その直後、ドアは閉まり走り始めた。

 その車内にて。

 今日あったことを思い出してみる。


 ―――何一つ面白いこと無かったな。それにしても…オトコばっかやき、もっと喋れるもんとばっかし思いよったばってんが…っちゆーか、声出したのっち出欠取った時の返事だけやない?―――


「はい」と六回、返事したのみである。

 以降、火曜日からも純粋にこれの繰り返し。

 最初の一週間はこんな感じで過ぎていった。




 そして土曜日。

 授業も終わったので、帰ってダラケ…たいのだが、その前に。

 今日だけは午後からクソしょーもないスケジュールが組んであるから全員居残り。

 これから「応援練習」なるものがあるのだ。

 担任の話によると、部活が強い学校だから大勢で応援をしに行くのだそうで。

 全てのスポーツが大っ嫌いな自分にとっては心の底からどうでもいい、というか苦痛でしかない。

 みるみる心が萎えていく。

 終了時間が知らされてないからこの時点で既にイヤな予感しかしない。



 授業が終わり、昼飯を済ますと体育館に集合させられる。

 整列し終わったタイミングで応援団が入ってきて前に並んだ。

 長ランにボンタンやドカンといった定番のカッコじゃない。フツーのこの学校の制服だからイマイチ迫力がないし見分けもつきにくい。

 それはさておき。

 団長が一歩前に出て、


「今から応援の練習を始める!声が出ちょーっち判断したヤツは座らせる!全員声出すまで何時になっても終わらんきの!はよ帰りたいっち思うなら声出せ!」


 なんとも高圧的な態度でクソしょーもないアゴを弾きやがった。


 ―――担任が終了時間言わんやったのっち、やっぱこげなことやったんやな。―――


 イヤな予感的中だ。


 熱く語り中の応援団に目を移すと「オレ、今、輝いてる!」的青春臭が酷い。初っ端から痛々しさがハンパない。


 ―――バカか?こいつ等―――


 思わず叫びそうになった。

 ただでさえ低かったテンションがさらに下がっていく。


「まずは校歌から!一人ひとり声出しよるか確認するき、気合入れてイケよ!デケー声出すまで終わらんきの!」


 無駄に高いテンション。


 ―――気合とか…いちばん好かん言葉やん。―――


 新一年生は皆ドン引きである。

 各組の列の間には確認係の応援団員。声を出しているのか実際に聞いて確認し、出せている人間から座らせていくのだという。


 ―――なんちゅーくだらんコトしやがるんか!こいつ等ゼッテー頭おかしいやろ?―――


 ただでさえイヤな男子高生活。今の時点で体育やらなんやら憂鬱なコト満載なのに、さらにイヤなことが加わるとは。

 恐るべし、男子高!である。

 そんな中、校歌の練習が始まってしまう。


 太鼓の音。

 旗を振る団員。

 なんかワケ分からん舞を踊る団員。

 応援団長を含めた数名の団員が、腰の後ろで手を組み少し上を向いて陶酔しながら歌っている、というか叫んでいる。そのイッた表情といったらもぉ…ある種のドラッグをキメたときのトリップみたいな気色悪さである。


 ―――うっわ~…気色悪っ!やってられん。なんかの新興宗教みたいやな。―――


 悪寒の発生と共に下限値まで下がったと思われたテンション。呆気なく下回った。


 3番まで歌い終わると早速練習開始。生徒手帳を見ながら歌わせられる。

 当然の如くみんな声なんか出さない。

 すると中断し、


「お前ら声が小さいぞ!こんなんじゃ何時になっても終わらんきの!」


 デカい声で怒りだす。

 そんな自分に酔っているのがモロ分かりだから、恐ろしく冷めていく。


 ―――なんでこげな頭おかしい連中に付き合わされないかんの?―――


 納得がいかない。

 払ってもないのに「金返せ!」と叫びたい気分になってくる。

 身体が奴らの言いなりになるコトを拒絶する。

 声を出さない状態が続くから全く終わる気配がない。

 ますます調子コク応援団たち。

 仕方なしに声を出し始めた人間がいるせいか、ボエ~っと声とも音とも判断し難い何かが体育館に響きだす。

 その「何か」が加わった時点で新興宗教みがさらに増した。変な神様が降臨してきそうである。


 その時ちょうど一人の応援団員が近づいてきた。

 こんなしょーもないことにいつまでも付き合っていられないから、その時だけ大きな声を張り上げると、えらそうに、高圧的に、


「お前、座ってよし。」


 OKを出してきた。



 その後も延々と応援練習は続き、結局6時間目終了の時間。おそらくこの時間までやるということが決まっていたのだろう。全く揃わず、大して様にもなっていないはずなのに、応援練習は呆気なく終わる。

 満足したっぽい応援団は体育館を颯爽と後にした。


 やっと解放…心の底からこの学校のことがイヤになった。

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