第3話 始まる前から打ちのめされる。

 県立高校の不合格が決まった日。


 この日はこれから通うことになる男子校の入学手続き最終日でもある。

 県立落ちてからでも間に合ってしまうところはまさに滑り止め校の鑑って感じ。そんな敗北者の都合をちゃんと理解していらっしゃるのだ。


 諦めきれない気持ちを引き摺りながら家に帰るとバタバタ昼食を済ませ、手続きに向かう。


 その途中。

 クルマの流れがあからさまに悪くなる。

 学校がある場所はかなり大きな街のため、交通量も多く渋滞も頻繁に起こる。よって只今ノロノロ運転中。

 隣の地区で、距離的にはそんなに離れてない(とはいえ20数キロある)というのに、まだまだ到着しそうにない。


 流れが悪くなり始めて30分ほど経った頃。


 ―――あ…この景色見覚えがある。ボチボチ学校の近くやね。―――


 なんてことを考えながら窓の外をぼんやり見ていると、保護者らしき大人を伴った同年代の人間が目についた。それは学校が近付くにつれて徐々に増え、いよいよ到着する頃にはおびただしい数に膨れ上がっていた。注意しながら運転しないと接触してしまいそうになるほどに。


 細心の注意を払い人混みを通過している最中、この集団の異様さに気付いてしまう。

 それは。

 ここにいるほとんどの人間が例外なく絶望感を身に纏っているということ。今にも死にそうな雰囲気なのだ。中にはさっきまで泣いていたかのような目をした者もいる。




 やっとのことで学校の敷地に到着。

 校舎が大学を挟んで男子部と女子部に分けてあるため、二手に分かれる人の群れ。

「男子部駐車場はこちら→」の矢印に従いクルマを走らせると、そこには…


 シリコンウェハーを洗浄する超純水もビックリなほどの純粋な、オトコの園!


 完全なる「100%」が存在していた。

 その光景を目にした瞬間、


 「うゎ~………」


 自然と声が漏れ、


 「何、これ………」


 絶句。

 これまで味わったことないほどの強烈な悪寒が襲ってくる。背筋から頭のてっぺんに向かって鳥肌が駆け抜けていった。

 同時にこの学校に合格した時感じた「嬉しさ」というものが見事なまでに消し飛ぶ。

 代りに湧いてきたのは、絶望感と後悔と吐き気。


「オトコ」という生き物が群れを成すと、ここまで気持ち悪くなれるのか!


 感心すると共に起こるアレルギー的な拒絶反応。

 クルマから出たくない

 この群れの中に入っていく決心がつかない。

 冗談抜きで吐きそうだ。


 ―――合格なんかしなければよかった…―――


 今、心の底からそう思っている。




 駐車場にクルマを止め、大きく深呼吸二回。

 そして決心。

 ドアを開け、いよいよ外に出る。

 吐き気や眩暈と戦いながら母親と一緒に「オトコ」の流れに乗る。これだけで足腰の力が抜け、崩れ落ちそうな感覚に陥る。


 どうにか事務室の窓口へと辿り着くと入学金を払い、壁に貼ってある矢印に従って進む。


 まずは制服の採寸。なんだけど、マネキンが着ている実物を見て、


 「何これ…でったんカッコワリーやんか!」


 二度目の絶句。

 極々自然に本音がこぼれ出た。

 紺色で黒の縁取りがあるチャックの詰襟だった。

 周りの学校は黒の学ランやブレザーだというのに…。


 こげなもん着て電車やらバス乗ったら、でったん目立ちまくるやんか!「県立落ちました!」っち言いふらかして回りよるげなもんやん!


 大量のオトコを見てショックを受けたばかりなのに…第一段階からトドメを刺してきやがった。


 続いて学生帽。なのだが…


 ―――帽子、四角ぅ?フツー丸やろ!制服だけでもアレなんに…こげなもんかぶって電車に乗れってか!この学校はオレを恥ずか死させる気なのか?―――


 この時点で何もかもがイヤになった。

 たかが制服と帽子のセットなのに…恐るべし、男子高!

 行きたくなさがMAXだ。


 次は体育の授業に関するモノの購入。

 まずは体操服の採寸。

 これはまぁそこまで恥ずかしくないかな。と、油断したのが大間違い。

 体育館シューズを買うとき、三度目の絶句。

 その隣には「レスリングシューズ」なるモノが鎮座していらっしゃるではありませんか!


 ―――は?ちょー待てちゃ!何の冗談?レスリングやら授業であるワケ?体育の授業ですらダメなんに、そげなもんできるワケないやん!マジで勘弁してよ!―――


 心からの叫び。


 ―――ちゆーか、なんでレスリング?(←実はインターハイの常連校。後々知った。レスリング部の顧問が体育の先生の中にいるのでヤツが熱く推したのでは?と疑い中)フツー剣道か柔道の選択じゃないの?―――


 とか思っていると、剣道も必修とか…


 ―――勘弁してくれ!っち、今日何回目の「勘弁してくれ」?―――


 もはやネガティブな言葉しか出てこない。

 運動音痴でスポーツが大嫌いな自分にとってこの学校の体育は拷問に等しい。


 確実にオレを殺しにかかっている!


 そうとしか思えない。

 先ほどMAXだと思っていたイヤさを呆気なく上回る。真実を知る度、行きたくなさが爆発的に増してゆく。

 既に入学を取り消しにしてほしいまである。


 さらに順路を進む。

 嫌々。

 仕方なしに。


 次は教科書。

 特進と間違えないよう、購入する場所が別になっている。

 金を払うとおびただしい量の教科書&副読本。書類に記載してあった「大き目のバッグを幾つか持参してください」の意味が分かってしまう。バッグに詰めるとズッシリ重い。


 何気なく隣の教室を見てみると、自分らよりもさらに多い教科書&副読本。


 ―――流石、特進やな。県内トップレベルなだけある。―――


 と、ちょっとだけ感心。



 教科書を買うと、すべての手続きが終わった。

 学費だけ見ても県立よりはるかに高いというのに制服や何やと金がかかるモノがやたらと多い…純粋に親に申し訳ないと思った。


 それにしても今日はホントに疲れた。

 肉体的には大したコトなかったのだが、精神的ダメージが…。

 まだ何も始まっちゃいない段階でこれでもかと言わんばかりに打ちのめされた。


 ―――オレ、この学校で三年間もやっていけるんかな…―――


 純粋な疑問。 


 自信がない。

 不安しかない。

 心の底からタメ息が漏れた。




 入学手続きの翌日。

 誰かが近くにいないと心が病んでしまいそうになる。

 昼飯を済ませると、いちばん仲良しの幼馴染に連絡した。


『今から釣り行かん?』


 送信すると、


『いーばい。』


 すぐに返信。

 釣行決定だ。


 この幼馴染は自分と同じく数少ない県立不合格組で、隣町の共学私立校に通うことになった。手続きしなかったあの制服が可愛い総合大学の附属だ。


 それはさておき。


 道具を用意して川で待ち合わせ。

 普段この川ではバスを釣っているのだけど、今日は吸い込み釣り。エサを投げ込んでボーっと二人で話し込みたい気分なのだ。

 ポイントに着くとバケツに紐をつけ、川に投げ込み水を汲む。

 植木鉢の下に敷くプラスチックの皿に練り餌「みどり」(=マルキューの名作かつ超ロングセラーのコイ用練り餌)を入れ、サナギ粉を混ぜ、納屋からパクってきたヌカ床用のヌカで増量。水を少しずつ加え、ちょうどいい硬さになるまで練る。

 完成するとピン球より少し大きめの団子にし、吸い込み針の真ん中にあるらせんを包み込む。形を整えたら放射状にハリを埋め込んでゆく。

 らせんの中心から出ている長い一本にも直径1cmほどに丸めた練り餌。バスがいない川だとこのハリにはミミズを付けるのだが、ここにはいるから練り餌。

 川の流心付近に投げ込んで、リールを巻いて糸を張る。寝かせて置いたサオのトップガイドと二番目の間に鈴をつけ、アタリを待つ。

 用意したサオは各自一本。

 サオの間に座り、鈴が鳴るのを待ちつつ愚痴をぶちまける。


「※オイサン、学校どげんやったんな?」  訳:学校どうだった

 ※)ここでいう「オイサン」は「オッサン」じゃなく、「あんた」とか「お前」という意味。


「ん?可愛い子いっぱいやったばい。」


 いい笑顔である。この一言を聞いただけでモーレツに羨ましさと悔しさがこみ上げてくる。既に負けた気分だ。


「マジで?でったん羨ましいき。オレんトコでったん最悪っちゃ。」


「そらーそうやろーね。」


「オトコしかおらんっちゃき。」


「まぁ男子高やしね。」


「でったん気色悪ぃっちゃが。眩暈するし、マジ吐きそうやったちゃ。おまけに制服カッコワリーし、帽子四角やし。」


「たまらんな。」


「うん。シャレにならんっちゃが。体育の授業でレスリングやらあるっちゃき。」


「マジでか!オイサン、運動苦手なんにそらぁキチーな。」


「それっちゃ。マジでたまらん。でったん行きたむない。」


「たしかに。オレもその立場やったら行きたむないっち思う。よかった~男子高やら受けんで。」


「ホントそれ。受けんで大正解ばい。あ~あ…オレも合格しっちょったっちゃき、そっちの学校にしちょけばよかった。」


「なら、一緒行けたんにな。」


「ホント、それ。」


「女ん子いっぱいおるんなら彼女できるっちゃない?」


「さぁ、どーやか?できたらいーね。」


「そーやな。高校生活楽しくなりそうやね。」


「あの雰囲気やったらなかなかいーかもね。彼女できんでも楽しいやろ。」


「あ~あ、羨まし過ぎ。オレ、マジで絶望的やき。」


「なら、オトコに走ればいーっちゃない?ケツ貸せ星人!」


「それもいーかもね…っち、冗談でもそげなコト考えたむないね。オレ、オトコ大嫌いやし。」


「そうよね。オイサン、異常なまでに女好きやもんね。」


「うん。おかげで全く好かれんけどね。顔も不細工やし。」


「そればってん、行き帰りは電車やきいっぱいおろーもん(訳:いるでしょ)?周りに女子高やら可愛い子で有名な高校いっぱいあるやん?お知り合いにならな。」


「そやね。そこに期待するしかないよね。」


「そーくさ。頑張れ!」


「おー。自分も頑張れ!彼女できたらおしえてばい。」


「分かった。」


 会話が盛り上がったところで、


 チリン…


「お!オレのやん。」


 待つこと数秒。


 チリンチリン…チリチリチリ…!


 幼馴染の鈴が激しく鳴った。

 寝かせて置いていたサオが引き摺られるほどに強い。


「おっ!来た来た!」


 サオを手にし、


「よっ!」


 軽く持ち上げるようにアワせ、リールを巻く。


「お~。結構強いばい。デカいマブナかもね。」


「いーな。オレにもはよ来んかね。」


 羨ましそうにやり取りを見ていると、上がってきたのは宣言通り30cm近いマブナ。


「お~!デケー!」


 銀色の魚体が美しい。

 ハリを外し記念撮影。そしてリリース。

 元気よく深場へと戻っていった。

 なかなかのスタートダッシュだ。


 練り餌を付け直し、だいたい同じ位置に投げ込むと10分ほどで再び鈴が鳴る。どうやら溶けた団子が寄せ餌になって魚が寄ってきているっぽい。

 こうなるとヒマしないくらいに釣れ続く。



 駄弁りながら待っていると、自分のサオにもアタリ。

 アワセると、重さは乗ったけど大して引かない。


 何が来た?


 リールを巻いて足元まで寄せてくるとなんだか細長い。

 抜き上げると20cm超えのワタカ。


「お~、ワタカ。結構デカいやん。」


 いつも釣れるヤツは10cmちょいしかなので、二人して感動。

 こちらもハリを外し、記念撮影してリリース。



 練り餌を付け直し、アタったと思われるトコロに投げ込む。

 こちらもしばらくするとアタリ。

 それからは二人、ヒマしないくらいに釣れ続く。


 夕方。


「エサもなくなったし暗くなってきたき、帰ろっかね。」


「そやね。」


 最後の魚を上げたところで撤収となった。

 結局二人で20匹近く釣った。ほとんどがマブナだったけど、半ベラとかワタカが何匹か混じった。

 今日はなかなかの釣果でかなり癒された。


 こんなふうに春休みが終わるギリギリまで学校を思い出さないよう、毎日遊びまくった。

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