第2話 挫折
中三の冬休みも呆気なく終了。
ということは、高校入試が始まっちまうワケで…。
二月上旬。
オレにとっての高校入試が始まった。
最初に受験するのは隣町にある共学私立高。
ここは国内でも五本の指に入る規模の総合大学の附属高校で、定員は300人。
学力的には極々普通のレベルだが、「附属校特別推薦」という素敵システムにより、簡単に上の大学へと進学できてしまうのだ。そのため人気が高く、この地域の私立では最多の受験者数を誇る。
女子の制服が可愛い(特に中間服は絶品)ことでも有名で、そういった面でも人気が高い。毎年「制服図鑑」に紹介されていて、常に上位にランキングされるほどだったりする。
試験当日。
同中からの受験者数が多いため、大型観光バスがチャーターしてある。
乗り込んで会場へと向かう。
途中渋滞もなく、30分足らずで到着。
教室に入って受験番号を確認し、席に着くと受験票を机の上に出す。
最終確認の意味を込め、教科書や参考書を見ながら開始時間を待っていると、やがてこの教室を担当する教員が入ってくる。
机の上のモノを片付けさせ、受験番号と顔写真の確認が始まる。
続いて注意事項の説明。
それが終わると問題用紙と回答用紙が配られ、いよいよ本番だ。
一教科目は国語。
どちらかといえば得意科目、のつもりだった。学校のレベルがそんなに高くないから完全にナメきっていた。
が、しかし!
問題を見た瞬間、
―――何これ…―――
絶句。
これまで受けてきた県立の模試の問題とは、パターンが全く異なるのだ。
どう異なるのかというと、それは…
例えば、長文読解の「作者の言いたいことを書け」という問題に於いて、県立の模試では「○○字で書け」「○〇字で抜き出せ」なのに対し、この問題は「○○字以内で書け」「○○字前後で書け」、あるいは字数制限無しの空欄。県立の模試だと最悪分からなくても、意味が通る字数の箇所を抜き出せば結構な確率で正解できるのだけど、この問題は読めば読むほど正解っぽい箇所が出てくる。最終的には混乱し、どれを選べばよいのか分からなくなる。というのもあるけど、問題の文章自体が難しいから答えを導き出すことすら困難なのだ。
時間の掛かり具合から最後まで辿り着けないと判断したので、この問題は後回しに。
次の問いに取り掛かるが結果は前と全く同じ。
教室の至る所から溜息が聞こえてくる。
結局大きい設問の全てを飛ばす結果になってしまい、漢字の読み書きから手を付けるコトになったのだが、それさえも意表を突く問題ばかりで思うように埋まらない。〇×問題も記号問題も難しいといった有様。
点数を稼ぐつもりだった現代文でまさかの大苦戦。
古文や漢文にいたっては完全にお手上げ状態。
残り時間が15分切った時点で何一つ自信を持って解けてないという深刻な事態に陥っていた。
強引に最後まで辿り着いたものの、残り時間は既に5分を切っている。もはや満足に見直すコトなんかできやしない。
―――何なん?これ…―――
絶望感。
無意識のうちに身体が震えてくる。
それでも悪あがきし見直していたが、大したコトは何もできないまま終了のチャイム。
休み時間。
「何なん、今の…全然解けんかったっちゃけど。」
「それ!でったん(訳:very)難しいっちゃき!」
「マジ有り得ん。オレ、ゼッテー落ちたばい。」
といった会話がいろんなところから聞こえてくる。
一発目、いちばんイケると思っていた教科で立ち直れないほどボッコボコに打ちのめされた。
やがて休み時間も終わり二教科目。
―――次こそゼッテー取り戻す!―――
気持ちを切り替え臨んだ数学。
得意というほどではないが、それなりには点数の取れる教科。
なのだが…
大きな設問の「1」。
ただ計算するだけ。点を取るための問題が既に難しい。辛うじて全問解けたのだが、予想していた時間を大幅に上回っていた。
―――やっべ~…これ、時間足りるんか?―――
またもや不安が襲いかかってくる。
そして、
―――また国語みたいに難しいんかの?―――
イヤな予感が頭の中をよぎる。
大きな「2」に取りかかるとその予感は見事的中することになる。
内容は証明や図形といったモノなのだけど、これがまた異常なまでに難しい。というか、完全に手におえなかった。
なんかもう…マジで泣きそうである。
この教科も最後まで辿り着きはしたが、やはりというかなんというか…見直す時間なんかこれっぽっちも残っちゃいなかった。
一切見直しができないまま終了のチャイム。
―――ウソやろ…このレベルの学校でこげ難しいん?なんか全く受かる気せんばい。マジでレベル下げないかん。―――
「不合格」という最悪の結果がまた一つ現実味を帯びた気がする。
その後。
社会、理科と全くいいトコロのないまま午前の部が終わる。
昼休み。
あまりのショックに胃をやられてしまっていた。
ミゾオチの辺りがキリキリと痛む。
弁当を食べようとするのだが身体が受け付けない。半分以上残してしまう。
そして、最後の科目である英語。
得意とはいえないものの、ある程度点数は取れていた。のだが…
県立模試では最後に行われるヒアリングが一問目。思ってもみなかった展開にいきなし調子を崩す。音声が流れ始めるが、これまで聞いたことないほどネイティブな発音のため、何一つ聞き取れない。全てが勘による回答だった。
長文読解も知らない単語のオンパレード。知っている単語から文章の内容を推測しようとしたが、あまりにも情報が少なすぎるから意味が通らない。
それは、点を取るために設けてある単語の読み書きの問題でさえ例外じゃなかった。
最後まで全くいいトコロがないまま終了のチャイム。
「はい。それじゃあ鉛筆を置いてください。問題用紙、解答用紙共に机の上にそのままで、退室願います。」
試験官の無機質な声が教室に響く。
その瞬間、
―――落ちた…―――
確信してしまう。
帰りのバスの中。
やっべー!何なんこれ?
でったん難しいやんか!
ココ落ちたらシャレにならんっちゃけど…。
レベル下げんといかんくなるやんか。
お母さんに怒られる…。
といった話題で盛り上がる(=×、盛り下がる=○)。
話している最中は無理して笑っていたけど、友達と別れ一人になった時、マジで泣きそうになった。
帰ってそのことを親に相談すると、本命の県立入試が終わっても願書を受け付けてくれる学校を既に調べてくれていた。その学校とは、この地区でも、というより全国的に見ても圧倒的低レベルの超不人気私立と、毎年定員割れを起こすため必ず二次募集がある県立だった。
どちらも俗にいうワルソ(ヤンキー)の学校で、名前を漢字で書ければ合格するといわれ、地元ではヨゴレ養成学校と認識されている。モーレツに行きたくないが、親に中浪させる意志はないみたい。自分としても浪人したところで第一志望に合格できる確信が持てないからその選択肢はない。となると、必ずどちらかへ行くことになるワケで。そんな事態だけはなんとしても回避したいので、とにかくこれから頑張るしかない。
翌日。
昨日の試験の結果報告。
放課後、進路指導室に一人ずつ呼び出される。
いよいよ自分の番。
一つ前の受験番号だったヤツが部屋から出てきて、
「行ってこーい!」
背中を突き飛ばす。
「痛ぇっちゃ、バカ!」
ふざけてはいるものの、内心猛烈に気が重い。
第一志望、変更させられるかもね。
今後の展開を考えつつドアをノックすると、
「おぅ。入れ。」
担任の声。
部屋に入り、向かいのイスに座ると同時に、
「昨日はどげやったか?」
本題に入るが、マジで話したくない。
渋々、
「ダメでした。なんか難しくて…。とりあえず全部手は付けたんですが…半分ぐらいしかできた気がしません。」
正直に話すと、
「あー。それなら多分大丈夫。」
だそうで。
「へ?」
思わず変な声が出る。
大丈夫とは?
担任が言っている「大丈夫」の意味が何一つ分からない。
混乱している自分に構わず担任は、
「私立の問題はわざと難しくしてあるき、それぐらい出来ちょけばうかる。」
と、「大丈夫」である意味をおしえてくれた。
「そーなんですか?」
「おぅ。まぁ絶対とは言い切れんが、そんだけ出来ちょけば多分うかる。心配すんな。あの学校は毎年あげあるっちゃき(訳:あの学校は毎年あんなふうだから)。今までの傾向やったら1/3できとけば合格しよった。じゃ、次のモン呼んで来い。」
「はい。失礼します。」
不安は完全には消えなかったものの、少し気が楽になった。
それから一週間。
合格発表の日。
再び放課後進路指導室に呼ばれる。
結果は合格。
しかもスーパー特進というオマケ付。
ひとまず安心だ。
合格発表から数日後。
二校目の試験日。
この学校は男子高で、偏差値的には一校目よりはるかに高く、進学率もまずまず。
普通科は第一志望の県立とほぼ同レベルで、特進ともなると県内でもトップクラス。
小さな規模(敷地面積的に。学生数は多い)の文系単科大学の附属高校でもあり、一校目と同じく附属校推薦枠がある。そして、大学を挟んだ同じ敷地内に女子部がある。
この高校は、男子部女子部共に合格すればそのまま第一志望の県立を受験し、落ちれば一つランクを下げるという力試し&滑り止め的な意味を持っている。周辺の地域の中学校全てがそういった認識で、誰もがとりあえず受けるため、県内でいちばん受験者数が多い。定員は450人だから10倍を超えるほどの高い倍率になるものの、県立に流れるコトを見越してあるのでかなり水増しがある。よって実際の倍率は2.5~3倍程度。
体育コースが有名ということもあって部活がモーレツに強かったりする。
模試での判定は常に「D」しか付いたことがなかったから、正直期待はしていない。
ここで、判定についての詳細だがA、B、C、D、Eの5段階で、
A:ほぼ合格圏内。
B:75%前後。
C:50%前後。
D:30%前後。
E:10%未満。
となっている。
入試当日。
ここも受験者数が多いため、前回同様大型観光バスで向かう。
流れは前回と似たようなもので、注意事項の説明があった後、試験が始まる。
最初の教科は国語。
一校目ほどじゃないけど問題には癖があって難しい。
どんなに多く見積もっても半分くらいしかできていないが、受かる気がしない学校なので、リラックスして(というか完全に捨てていた)解くことができた。
五教科終わって。
模試での判定は常に「D」。
全ての教科が前回の私立と似たような出来。
前回の私立よりはるかに高いレベル。
ということを考えると合格できる要素が全くない。
―――今度こそ落ちたな。―――
そう確信するのは簡単だった。
しかし、ここは元々落ちる可能性の方が高かったため、そんなにショックではない。
どうやら県立高校のレベルを一つ落とす必要がありそうだ。
気楽に合格発表を待つことにした。
ここで。
この地区での県立事情はというと。
受験可能な普通科は3校しかない。しかも、よくないことにレベルの開きがものすごく大きい。
第一志望の学校は3校の中ではトップ。だがしかし県内では中の上~上の下程度で、辛うじて現役での進学が可能なレベル。就職する人間が結構いるので進学率は上記の男子校より若干低い。
一つレベルを落とすと偏差値が10近く下がり、現役での大学進学はかなり難しくなる。
で、その下は進学なんか問題外。この地区で最低レベルなのはもちろん、県内でも、というより全国的に見ても圧倒的に低い。先ほども話が出たヨゴレ養成学校で、中退者も多く、卒業するとヨゴレになる確率が極めて高い。暴走族が複数存在し、休み時間には生徒が覚せい剤なんかをやっていて、必ず年に数回ニュースに登場する。悪いニュースの常連校なのだ。
というワケで、大学に進学する意思があるのならば、第一志望の学校一択なのだ。
翌日。
結果報告。
担任が言うには前回よりは難しいかもだけど、それでも全く無理ではないらしい。
あまり期待しないで合格発表を待つことにした。
合格発表当日。
前回同様、一人ずつ進路相談室に呼ばれ、結果を聞かされる。
で。
どうだったかというと…
まさかの合格!
かなり肩の荷が下りた。というか、思っていたよりも嬉しい。マジで「水増し」ありがとう!である。
第一志望の判定はずっと「D」のままだったが、定員の人数内には入っていたから、そのまま受験することにした。
数日後。
深刻な問題が発生していた。
不合格だと思っていた男子校に合格したことで、妙な安心感が芽生えだしたのだ。
気付くと心の持ちようが変わってしまっており、授業内容をまったく吸収できなくなっていた。それだけならまだしも、覚えていたことを忘れはじめている。
かなりマズイ事態なのだけど、危機感を持つことができない。
ラストスパートが効かなくて、直前模試では大幅に点数を落した。
悪い流れを引き摺ったまま、試験に臨むコトとなる。
入試当日。
会場にはバスで向かう。
教室に入るとこれまでと全く同じ流れ。
席に着き、受験票を机の上に置き、参考書や教科書で最終確認。先生が入ってくると受験番号と顔写真の確認。注意事項の説明が終わると問題用紙と解答用紙が配られ試験開始。
一発目は国語。
模試でもおなじみの問題。一番簡単だと思えた。
この調子で五教科終了。
マズイ事態だったとはいえ、それなりに解けた自信はある。感覚としては6~7割程度だから、受けた高校の中じゃ一番の出来。
次の日の朝刊には入試問題の模範回答が掲載されている。自己採点してみると、やはり6割以上は正解しているようだ。ボーダーであることに違いはないだろうけれど、正直期待する。
そして、1週間後。
合格発表。
三月中旬に差し掛かっているから卒業式も終わっており、既に春休みだけど出校日。
高校の掲示板を見に行く勇気はなかったから、学校で結果を聞くことにする。
ホームルームの後、私立の合格発表と同じく進路指導室に一人ずつ呼ばれる。
笑顔で戻ってくるヤツ。
落ち込んでいるヤツ。
様々な人間模様が繰り広げられている中、オレの順番が回ってきた。
一つ前の出席番号のヤツが、
「よかったぁ~。合格しちょった~。」
安堵の表情で出てくる。
こいつの第一志望は自分より一つ下の学校なのだけど、純粋に羨ましい。
「マジでか!おめでとう!でったん羨ましいき。」
祝福の言葉をかけると、
「サンキュ!あ~、でったん嬉しいき!じゃ、お前も行ってこ~い!」
またもや背中を突き飛ばされ、
「おぅ!っちゆーか、痛ぇっちゃ!」
サムズアップで返す。
この流れで自分も合格した気になっていく。
ノックし、恐る恐る部屋に入る。
イスに座ると早速、
「え~っと。お前はと…」
出席番号を指でなぞり始め、そして止まる。
「………。」
担任の表情がわずかに曇ったことで全てを察してしまった。
数秒後、言いにくそうに、
「え~っと…」
続いて、
「…残念やったな。」
いちばん聞きたくなかった言葉。
目の前が真っ暗になっていく気がした。
「え…あ…えっと…はい。」
心臓が有り得ないほど脈打っている。
大きく動揺しながらも辛うじて返事をする。
落ちる可能性も考えてなかったわけじゃないが、心のどこかで今度も合格しているものだと思っていた。
が、現実は違った。
担任の声が遠い。
動悸が激しい。
息がしにくい。
その後のやり取りなんか何一つ覚えちゃいない。惰性で相槌を打っていたように思う。
やがて話しも終わり、
「…失礼します…」
挨拶をして、腑抜けのようになりながら相談室を後にした。
「どげんやった?」
「うかった?」
というクラスメイトの言葉でやっと我に返る。
「ははは…ダメやった…」
引き攣った笑顔で答えると、
「うっわ~…マジでか!」
「そらぁキチィな。」
「残念やったな。」
「そげん気ぃ落すなっちゃ。」
慰めの言葉をかけられた。
「…落ちるっちゃ思っちょったばってんが(訳:落ちるとは思っていたけど)…やっぱツラいな。私立決定やん。」
できるだけ明るく振舞おうとしているのだけど声が震えてしまってまともに喋れない。
どうにか心の安定を図ろうと、同じ私立に合格した者に声をかけるけど…さらに悲しい現実を知ることとなった。ほぼ全ての者がこの県立に合格していたのだ。
せめて同じ方面に通う友達なりクラスメイトはいないものかと探してみるのだが…見事なまでに全員地元の高校へと通うことになっていた。
―――遠くまで通うのっちオレだけやん…―――
孤立した気がした。
―――なぁしあっこで(訳:なんであそこで)安心してしまったんやろうな…―――
アフターカーニバルである。
こうして、心構えの甘かったオレの高校受験は終わったのだった。
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