第13話 彼女。

 進級した。


「高校二年生」である。

「17歳」なのである。


 これらのワードは人生において特別な意味を持つ。と、共に一、二位を争うほどの楽しい時期でもある。


 はずなのに…。


 自分はまたもややらかしていた。

 一年前と全く同じことを繰り返しそうになっていたから、どうにかしなくては!と思ったタイミングで季節外れのインフルエンザ。治りが遅く、しかもぶり返すという荒業をいとも簡単にやってのけ、出校停止期間は延長。

 学校に行けるようになったのはゴールデンウィーク明け。

 その頃にはほぼグループが決まってしまっていた。

 こうなってしまうと、コミュ力やメンタルの強さが皆無な自分にはどうすることもできない。

 二度目のボッチが確定した瞬間だった。

 それだけならまだいいのだが、人並み以上に僻み根性だけは強く、楽しそうにしている人間を見ては、心の中で暴言を吐きまくる。言葉には出さなくても、顔や態度には出やすいタチ。だから、ソッコー気付かれ反感を持たれて、さらに離れていってしまう。

 こんな陰険でクソみたいな性格だから、友達なんかできなくて当然なのである。


 以上のように心掛けがあまりにも悪すぎるから、とうとう一生モンの心の傷になる強烈過ぎる天罰が下ったのだった。


 その天罰はボチボチ寒くなり始めた高二の秋に下った。

 本人から直々に打ち明けられたときは、マジで泣くかと思った。

 そのショックたるや、これまでの人生において間違いなく最大級。精神的に打ちのめされ、飯も喉を通らなくなって、数日間眠れない日々が続いた。


 どのようなコトが起こったのかというと、それは…。



 高校に入学してからというもの、友達関係があまりにもうまくいかな過ぎて(自業自得)、心の底から悩む日が続く。

 これ以上心が壊れないようにするため、近所のいちばん仲の良い幼馴染と遊んで愚痴をぶちまけるのが、週末恒例の儀式みたいなものになっていた。

 そして、これが唯一の心の支えとなっていた。


 が、しかし。


 その支えを失うことになろうとは夢にも思わなかった。


 一学期の中間試験も無事終わり、結果も返ってきて心に余裕ができたその週末。

 解放の喜びいっぱいに、


『釣り行こーや。』


 幼馴染にメッセージを送信すると、


『ゴメン。今日は無理。』


 断られた。

 しかし、これまでにもこういったことは無かったわけじゃない。家の用事やなんやで遊べない時はあったから、今回もそういうことなのだろうと勝手に解釈し、特に何も考えることなく一人で釣り場に向かった。


 次の週末、


『釣り行こーや。』


 メッセージを送信したら、またもや、


『ゴメン。今日は用事がある。』


 と、断りの返信。


 ―――二週連続かぁ…でもまぁそんな時もあるよね。―――


 素直に諦めてタックルを準備し、川に向かった。


 その次の週は一緒に遊べたけど、そのまた次の週は断られた。

 日が経つにつれ、断られる回数が多くなりだす。


 ―――この頃、会えんコトの方が多いけど、なんでやろ?―――


 少し疑問には思ったけど、それでも深く考えることはしなかった。



 時は流れ、夏休み。

 全く会えなくなってしまっていた。メッセージのやり取りも減り、心なしか素っ気なくなった気がする。


 断られ続ける日々。


 ―――なんで?この頃全然会えんくない?―――


 流石に気になって、遊べない理由を聞いてみたけど、「家の用事」だとか「学校の友達と遊ぶ約束がある」といった極々ありふれた答えしか返ってこない。

 だから、


 ―――そうよね。フツーは高校で友達っち出来るもんなんよね。出来たらそっちの友達と遊ぶこともあるよね。―――


 極々自然に納得することになる。


 それからというもの断られ続け、結局夏休みは一度も会うことなく終わってしまう。

 こんなことは初めてだ。

 その頃には一人で遊びにいくことを覚えており、「これも悪くないんかな」とさえ思えるようにまでなっていた。



 季節は進み、秋。

 体育祭、中間考査といった大きなイベントも終わり、ある程度落ち着きを取り戻した頃。

 寝る前、部屋でボーっとしていたら着信音。

 見てみると、


『土曜日、昼から釣り行こーや。』


 のメッセージ。

 送信者は幼馴染。

 このパターンは割と珍しい。 ←幼馴染とやり取りする場合、自分からというパターンの方が圧倒的に多い。

 メッセージのやり取りの頻度も減っていて、なおかつ久しぶりということもあり、純粋に嬉しいと思えた。

 爆発的に上がるテンション。

 すぐさま、


『OK!』


 返信すると、


『土手で待ち合わせね』


 ということになった。

 この時、幼馴染からは「座ってじっくり話がしたい」とのリクエスト。よって今回はバス釣りじゃなく吸い込み釣りだ。



 当日。

 準備を済ませ家を出る。

 ポイントまでは歩いて10分程度。

 途中、土手の県道側のスロープから幼馴染が上がってくるのを確認。

 駆け寄って合流し、


「よっ!」


「おぅ!久しぶり!」


 いつものように言葉を交わした、…のだが。


 ?


 ここで、かなりの違和感。

 久しぶりに会う幼馴染は、なんだか雰囲気が違って見えた。

 違和感の原因を探る。

 でも。

 結局原因はわからずじまい。

 そのまま二人、並んで歩く。


 釣り場に到着すると、いつもの如くバケツに紐を結び、川に投げ込んで水を汲む。

 植木鉢に敷く皿に練り餌を出し、ヌカとサナギ粉を混合し、少しずつ水を加え、練り込んでゆく。

 ちょうどいい硬さになると、ピン球程度の大きさに丸め、吸い込み針のらせんを埋め込む。

 周りにある4本のハリを練り餌に埋め込む。

 らせんの中心から1本出た長いハリスのハリには1cmほどに丸めた練り餌を刺す。


 準備完了。


 流心にある深場を狙って練り餌がぶっ飛ばないようふんわりと投げ込む。

 弛んだ糸を巻き取って、2、3番ガイド間に鈴を着け、サオを竿掛けに立てるとあとは待つだけ。



 いつもの愚痴モードに突入する。

 ここ最近のイライラをぶちまける。

 それを幼馴染は嫌がりもせずに聞いてくれ、たまに嬉しくなるような言葉をかけてくれる。


 全面的に味方。


 いつもと変わらない対応が心地よい。

 申し訳ないと思いつつもその好意に甘え、さらに愚痴りまくる。


 しばらく一方的に喋りまくり、愚痴もほぼ出尽くした頃。


 普段は明るく、ホワッとしていて穏やかな印象を受ける幼馴染の表情が、会話の途切れたタイミングで変化した。

 真剣な表情。


 ―――ん?―――


 こんな顔、今まで自分には見せたことがない。

 水面に視線を落として俯く幼馴染。その思いつめたような表情は、ものすごく「らしくない」。


 ―――どげしたっちゃろ?―――

 訳:どうしたのかな


 普段の雰囲気とはエライ違うから、心配になってくる。

 少しの間、口を開きかけては閉じを繰り返していたが、どうやら何かを決心した様子。

 口元を引き締め、改めて視線をコチラに向け、


「オイサン…あんね…オレ…」


 なんだか煮え切らない口調。


「うん。」


「…えっと…」


 途切れ途切れに言葉を発する幼馴染の頬は、これまで見たことがないほど真っ赤に染まっていた。

 その意味が分からず、


「何?どげしたん?」


 先を促すけど、


「あんね。オレ…」


 ものすごく言いにくそう。言葉が詰まって話が先に進まない。


「うん。」


 そして。

 少しの沈黙の後、


「オレね…彼女が…ね…できたっちゃ…」


 下を向き、消え入りそうな声で言った。


「え?」


 時が止まった。

 そんな感覚だった。

 耳を疑う。

 聞き間違いだと思いたかった。似たような言葉を必死に探す。

 でも、見つかるわけがない。

「彼女ができた」は「彼女ができた」でしかないのだから。

 身体がその言葉の意味を理解しようとしない。全力で拒絶している。


 自分の発した「え?」が、声が小さくて聞こえなかった「え?」と勘違いした幼馴染。

 先ほどより少し大きめの声で、


「オレ、彼女ができたっちゃ。」


 もう一度同じことを言った。

 これじゃ流石に理解する以外、方法はない。

 同時に裏切られたような感覚に陥る。


 コイツに彼女なんかできるワケがない。


 心のどこかでそんなことを思っていた。

 自分と同類だと思いたかったのだ。


 でも…


 現実は違った。


 当たり前に考えれば、当たり前に納得はいく。

 見た目は自分みたいに幼女を専門に襲う犯罪者ではなく、極めて普通。

 服装は自分みたいに小汚くはない。←自分は、ヨレヨレになり出汁が出そうなほどに茶色く色づいた、元が白だったらしいTシャツを、平気で余所行きの時も着てきたりするタイプ。

 コミュニケーション能力は決して高いとは言えないが、低くはない。自分と比較すると雲泥の差で、どんな状況でも友達はちゃんと作ることができる。

 性格も自分みたいに暗くて卑屈じゃない。どちらかと言わなくても、良い方だ。


 こんな具合で女子と接する機会さえあれば、フツーに彼女が出来るレベル。


 ここに来てようやく合流した時に感じた違和感の正体が分かってしまう。


 オシャレになっていたのだ。


 彼女が出来たことで服装や髪形などに一層気を使うようになったため、カッコよく見える。


 ―――何なん、それ…―――


 絶望。


 理解すると同時に暗くて深いどこかに突き落とされたような感覚に陥り、平衡感覚がおかしくなる。

 声が遠い。

 身体が有り得ないほど震えだした。

 辛うじて、


「…マジで?よかったやん!」


 声を振り絞り、祝福の言葉をかけたつもりだったが…多分笑えてなかったはず。


 ―――なんでコイツだけ…―――


 先ほどからこの言葉だけが頭の中で激しく駆け巡っている。

 同時にどす黒い感情が爆発的に芽生え始める。


 なのに、


「うん。ありがと。」


 恥ずかしそうに微笑んだ。

 自分がかけた言葉を素直に受け取って、喜んでくれている幼馴染。


 その笑顔を見て激しい罪悪感。

 モーレツに心が痛んだ。痛んではいるのだが、心の中にいるもう一人の自分は「女がクソブスやったら救われるのに」とか、「ブスやったら心の中で大笑いしてやろう。」とか、ゲスいコトを考えている。


 だから、さらにその上を行く、キツイ罰が当たることになる。

 社交辞令的に何気なく流れで口にした、


「彼女、可愛い?」


 この言葉が今までに味わったことない強大な力を伴って自分を攻撃してくることになる。

 質問に対し、


「オレは可愛いっち思うけど…人それぞれ好みがあるもんね。オイサンの目にはどげんふうに映るかわからんばってんが…」

 訳:君の目にはどんなふうに映るかわからないけど


 予想していたとおりの答えが返って来た。


 ―――たしかに。美的感覚には差があるかもやし。―――


 もう、完全にブスだと決めつけてしまっている。

 心の中で大笑いしてやるつもりで、


「写真、ある?」


 聞いてみると、そんなことを思われているとも知らずに幼馴染は頷いて、ポケットからスマホを出して起動させ、素直に見せてくれようとする。

 画面に写真を呼び出すと、


「こげな感じやけど…どげ?可愛いっち思う?」


 恥ずかしそうにスマホを差し出してきた。

 受け取って画面に目を移すと…


「……………うん……………。」


 そう声を出すので精一杯だった。


 ―――…でっっったんカワイイやんか!―――


 黒髪ロングで色白で、どこかいいとこのお嬢様みたい。

 はにかんだ笑顔はあざとさが全く無くて、とにかく自然。

 少し地味ではあるものの、素直で優しくていい子そうな感じが、写真からでもビシバシ伝わってくる。

 ツーショットの写真を見ると、頭一つ分くらい幼馴染の方が高い。幼馴染はかなり背が高い方だから、この子は平均身長くらいなのだろう。

 適度な肉付きで、出るところはキチッと出ていてスタイルがいい。


 悔しさが止まらない。

 写真を見ているうちに、泣きそうになってくる。


「なんか…オレには勿体無すぎるくらいいい子なんちゃねぇ。」 訳:いい子なんだよね


 ―――やっぱし…―――


 見た目通りだ。

 聞きたくなかった。


 ―――こんなん、サイコー以外のナニモノでもないやん…―――


 完膚なきまでに打ちのめされた。

「完全敗北」以外、言葉が何も見つからない。

 幼馴染の存在が遠い。

 思わず、


「あ゛~~~っ!男子高やら行かんのきゃよかった!」

 訳:行かなければよかった


 吠えた。

 そう口に出さずにはいられなかった。



 幼馴染も自分の性格が悪いことは知り過ぎるくらいに知っている。

 これ以上彼女ネタを引っ張るのはよくないと判断。さらに傷つけた上に恨みを買うこともわかっているため、


「ま、こげな感じでオレの話したかったことは終り。」


 強引に話を〆て話題を釣りの方に。

 その心遣いがまた痛い。

 悔しさが酷い。


 それからはあからさまに口数が減る。

 気まずささえある。


 そして


 チリン…チリチリチリ!


 アタリ。


 自分のサオじゃなく幼馴染のサオだった。

 サオを手に取り軽くアワセると、


 キュ――――ッ!キュッキュッキュッ!


 水切り音を伴った強烈な引き。


「うぉっ!強ぇー!」


 3.6mの投げ竿が有り得ないほど曲がっている。


「何これ?コイ?」


 リールを巻くと徐々に寄ってくる。

 足元まで寄ってきたとき反転して黄色の混じった赤茶色の姿が見えた。


「やっぱ、コイやん!」


 嬉しさ全開の幼馴染。

 そのまま抜き上げると50cmは軽々と超えている。

 ハリを外し、写真を撮るとそっと逃がした。


 この時点でコイツには何も勝てるものがないと悟った。


 ―――オレ、これから先、コイツとどうやって向き合えばいーんかな?―――


 ものすごく難しい問題である。 ←と、自分で勝手に思い込んでいる。

 直後、哀しさで満たされた。



 悲しみに打ちひしがれながら鈴が鳴るのを待っていると、しつこくメッセージを送信していたことを思い出してしまう。


 ―――「遊ばれん」っち返信してきたとき既に彼女おったんやな。それなのにオレ…―――


 二人の世界の邪魔をしていたことにやっと気づいたのだ。

 返信の内容が素っ気なくなっていった意味が痛いほどわかってしまう。

 情けなさと滑稽さをモーレツに感じた。


 この日を境に遠慮してメッセージの送信回数を減らしたら、やり取り自体が劇的に減った。こちらから送信しない限り一切メッセージがこない。

 自分なんか相手にしているヒマがないのだ。

 そして、やっぱし自分は邪魔になっていたのだと確信した。

 孤独感がハンパない。




 この先も自分を変えられそうにはない。

 となると、哀しい未来しか無さそうだ。

 この事件から立ち直るのに半年かかった。というか、いまだに立ち直れてはいない。悔しさや情けなさ、自分のつまらなさといったモノに対して誤魔化し方を覚えただけ。

 幾つになってもこの悔しさは忘れられそうにない。

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