第23話 妹。
自分には7歳離れた妹がいる。
顔は家族である自分から見てもカワイイと思う。ホントに血がつながっているのかと疑われるほど見た目が違う、が、正真正銘、血のつながった妹だ。
頭も性格も良く優しいから、多くの人に好かれている。
そんな妹を怒らせ致命的に嫌われた。もうホント、どうしようもない兄である。
これは自分が高校二年生、妹が小学校四年生の頃の出来事。
妹が楽しみにとっておいたイチゴのショートケーキに大量の塩をふりかけ、知らんぷりしてリアクションを見ていると、
「お兄ちゃん、いい加減やめて!」
今まで聞いたことのないような怒鳴り声。
ものすごく睨みつけている。
その眼には猛烈な憎悪が宿っていた。
可愛さの余り、このようにしつこくくだらないチョッカイばかりかけ続けていたら、とうとうブチ切れた、というわけだ。
それなのに、へらへら笑いながら、
「オレじゃねーよ?そのケーキ、元々塩味ばい。」
謝りもせず、ウソを言い通していると、
「もういい。」
と言ったきり、一切口をきいてくれなくなってしまった。目線すら合わせてくれない。
それほどまでに嫌われているのに、空気が読めないため、尚もしつこくチョッカイをかけ続けていると、数年後。
ここでもやっぱし激しい天罰が下ることとなる。
大学四年になったある日。
いつもの如くチョッカイをかけようとすると、
「きさん!ぶち殺っしまうぞ!」
訳:貴様!ぶち殺してしまうぞ!
まるでヨゴレのような言葉で凄まれた。
ドスの効いた声。
表情の消えた顔。
完全にいつもの妹じゃない。
それなのに、状況を把握できていない自分は、
「あ、ごめんごめん。」
いつもの調子でヘラヘラしながら謝る。
が…。
今回ばかりは違っていた。
突如、手を伸ばしてくると、薄く縮れた前髪を鷲掴みにする。
ここで。
妹は強い。身体を動かすことが大好きで、本格的に鍛えているから同年代の男子に匹敵するほどに強いのだ。
自分はというとその真逆。鍛えたことなんか一度もなく、腹はだらしなく出てブヨブヨ。肥えているくせに腕はヒョロヒョロ。よって、力は全くない。例えば懸垂はこれまで一回もできたことがないし、腹筋も頑張ってせいぜい4~5回といったトコロ。50m走のタイムは15秒超え。ちょっと体を動かすと息は切れ、一週間~10日程度は筋肉痛に悩まされることになる。と言えば、どれくらいショボイか想像がつくだろう。
といったことを踏まえつつ、話の続き。
こんなヘロヘロの自分だから、さらに後ろ向きに力を加えられると、なす術もなく床に仰向けに転がった。
ここでようやく取り返しがつかないことをしたのだと気付くものの、既に手遅れ。
え?なに?なにが起こった?
とか考える間すらない。
次の瞬間、顔面にこれまで味わったことがないほどの衝撃と激痛が走る。
妹の膝だった。それがフルパワーで炸裂したのだ。
「クポッ…。」
声とも音ともつかない何かが極々自然に口からこぼれ出た。
鼻からは軟骨が折れる音が聞こえた。
砕け散るメガネのレンズ。
割れたレンズが刺さりマクって目の周りは血だらけ。
だが、これだけで済むワケもなく。
引き続き、ボッコボコに殴られ蹴られる。
「ごめんなさい!許してください!もう二度といたしません!」
怯えまくってうずくまり、手を合わせ、情けない声で必死に許しを請うものの、全く聞き入れてもらえない。
口の中は血だらけ。鼻血の量もすごい。フローリングに血が飛び散っている。
そんなことも一切気にせず、ただひたすら無表情で黙々と拳や膝、踵を体にめり込ませ続ける妹。力は削がれ、もはや抵抗すらできない状態になっていた。
ここまでされて、ようやく蓄積した憎しみの大きさを知ったのだった。
本気で殺しにかかっている。
そう思うのは簡単だった。
妹は仕上げに入る。
腹を力の限り踏みつけ、丸まったところでさらに蹴りを入れ、半回転。腰を踏み、うつ伏せの状態にしたところで後頭部へ数発、踵をフルパワーで落としたのだった。
そのすべてがまともに炸裂し、ついに意識を手放した。
しばらくすると異常な冷たさで意識が戻る。
目を開け、周囲の状況を確認する。
―――へ?ここ、どこ?―――
メガネが無いため何も見えない。それでもどうにか見回すと、辛うじて花壇のブロックが確認できた。
転がされていたのは庭。
冷たく感じたのは軒先から落ちる雨だれ。
雨が降っているというのに掃き出し窓から捨てられていた。
おかげで全身びしょ濡れの泥まみれだった。
家に戻ると両親からは、
「しょーもねぇことばっかするき、そげな目に遭おうが!病院代、なんぼかかるか分かっちょーんか?バイトして返せよ?」
と、ケガの心配をされるどころか金銭面で激しく怒られた。
この日以来、妹とは会話が無くなったばかりでなく、姿すら見かけることがなくなった。
時は過ぎ、妹も社会人となった。
ボコボコにされて以来、一切姿を見てなかったワケだが、数年が経った頃。
家から妹の気配が無くなったことに気づく。
時を同じくして夕飯に赤飯やタイの塩焼き(尾頭付き)などの仕出しっぽい食い物が並べられていたことがあったのだが、特に疑問を持つこともなかった。というのも、こういったモノは年に数度、公民館の行事に参加し、貰って帰ってくることがあったのだ。そのため速やかに今回のことも忘れ去っていた。
が、しかし…。
さらに年月が経ち、この時の料理の意味を知ることとなる。
休日、お茶を飲むため居間に向かうと、見たことのない女の子と男の子が仲良くテレビを見ていた。コチラの存在に気づくと振り返り、目が合った。
女の子の年齢はおそらく小学校高学年から中学生。顔立ちが整っていてすごくかわいらしい。
男の子は小学校中学年から高学年ぐらいで、コチラも将来イケメンになるのが確定しているような顔立ち。
―――誰?―――
とか考える間もなく、
「こんにちは。」
「こんにちは。」
二人から挨拶される。
―――にしても、どっちも誰かに似ているような…。―――
そんなことを考えつつ、
「あ…うん…こんにちは。」
ぎこちなく挨拶し、お茶を飲むと部屋に戻る。
夕飯の時、何気なく、
「今日12、3歳ぐらいの女ん子と10歳ぐらいの男ん子がここでテレビ見よったけど、誰やったん?」
聞くと、両親がものすごくビミョーな顔をした。
その意味が分からず返事を待っていると、言いたくなさそうに、
「〇〇(←妹の名前)の子供たい。」
衝撃的事実を口にする。
「は?」
考えが追い付かない。完全に置いてけぼりだ。
両親が嫌々これまでのコトを語りだす。
そのハナシによると、上の子供が中学に入学するため、お祝いのコトについて話し合っていたらしい。その間暇だったので、テレビを見ていたのだそうだ。
ここで初めて妹が結婚したことを知った。知ってしまった。
13年もの間、隠し通されていたとは…。
妹は結婚のことを自分にはおしえないよう、両親に固く固く口止めしていたのだ。憎しみの深さがこれでもかと言わんばかりに流れ込んでくる。
「…何それ…」
結婚式に自分だけ呼んでもらえなかったという事実。あまりにもあんまりな展開に、それ以上言葉が出てこない。
呆然としていると、あの日の夕飯と消えた気配のことが思い出され、見事、今、聞かされた真実と話がつながったのだった。
ショッキングなハナシはまだまだ続く。
旦那には「自分は一人っ子」と言ってあるらしいのだ。兄の存在は端からなかったモノにされていた。
―――アイツ、どんだけオレのこと好かんの?―――
妹の気持ちを理解してしまったところで酷く悲しい気分になった。
ショックだった。
が、原因はすべて自分にあるので文句なんか言えるわけがない。
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