3-11 カーバンクルと撮影機
*
ヒガンとの交渉成立後、男性らは扉を出て、ホノカの死角に入った。
その一瞬の間に、忽然と掻き消えた。
ホノカが即座に周囲を見渡し……ヒガンと子供たち、カーバンクルの姿まで消失していた。
イツキが切羽詰まったように、ホノカに訊いた。
「奴らを追いかけられるか⁉」
『……っ! 駄目です、臭いが途切れてて……。恐らく私が見てたことにも気付いてました』
イツキはギリリ、と歯噛みした。
クコは無事かと案じて思わず立ち上がった。
視界がブレる。視界共有の弊害で、ムカゴを立ち眩みが襲った。
ふらつき、身体が傾いだ先に、硝子製のテーブルが……。
「ムカゴッ⁉」
イツキが叫ぶが、彼は両目の視界が自分の物ではないので咄嗟に動けない。
硝子のテーブルに尻餅をついた。
ガシャンッ、と粉砕音が耳に届いた。
割れて空中を飛び散った硝子の破片に、ムカゴ自身の姿が映った。
小さな破片に何故か自分の全身像が。
――……鏡?
ムカゴは鏡の中に引き摺り込まれた。
そうとしか言いようのない引力だった。
鏡の中は、何故か現実には存在しない空間なのだと理解できた。
長髪の和装の男性が立っていた。
先程、ヒガンの屋敷で取引をした男だと気付く。
「私のことは女郎蜘蛛と呼んでくれればいい」
彼は独り言のように、唐突に宣言した。異様に
「ムカゴ君、君はとても悲しい境遇を押し付けられた。不幸だ、とても」
「……何の話でしょう。僕を元の場所に帰して下さい」
クコが無事なのか、探して確かめなければ。
「君はクコと暮らしたい」
娘の名前に反応して、微かに肩が跳ねた。
「けれど君はクコは人間で居るべきだと思っている。もしくは人間界で暮らすべきだと」
「…………」
「何故そう思う? 何故君とクコは共に暮らせないのだ。そんなことを誰が吹き込んだ?」
イツキの顔が過ぎった。
ムカゴは雨男……雨神という妖怪なのだと告げたのが、イツキだ。
ムカゴの持つ魔力は強力で、人間のクコの傍に居続ければ、クコを狂わせ、衰弱死させてしまう。
ムカゴが居るとクコは普通には生きられない。そう説明したのも彼だ。
「酷い話だ。君が見つけた君の娘だ。何故人間としての幸福が、君の娘の幸福だと決めつけられなければならない」
まるで自分の事のように嘆いた男の様子は、ムカゴの目には入らない。
これまでのイツキの言葉と、以前、自分が傍に居たせいで発狂しかかったクコの姿が交互に浮かんだ。
ああならずに一緒に暮らせるのなら、それが人間界でなくたって良いのではないだろうか。
この男にはその手段がある……?
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