3-11 カーバンクルと撮影機


 ヒガンとの交渉成立後、男性らは扉を出て、ホノカの死角に入った。


 その一瞬の間に、忽然と掻き消えた。


 ホノカが即座に周囲を見渡し……ヒガンと子供たち、カーバンクルの姿まで消失していた。


 イツキが切羽詰まったように、ホノカに訊いた。


「奴らを追いかけられるか⁉」


『……っ! 駄目です、臭いが途切れてて……。恐らく私が見てたことにも気付いてました』


 イツキはギリリ、と歯噛みした。


 クコは無事かと案じて思わず立ち上がった。

 視界がブレる。視界共有の弊害で、ムカゴを立ち眩みが襲った。



 ふらつき、身体が傾いだ先に、硝子製のテーブルが……。


「ムカゴッ⁉」


 イツキが叫ぶが、彼は両目の視界が自分の物ではないので咄嗟に動けない。


 硝子のテーブルに尻餅をついた。


 ガシャンッ、と粉砕音が耳に届いた。


 割れて空中を飛び散った硝子の破片に、ムカゴ自身の姿が映った。


 小さな破片に何故か自分の全身像が。


 ――……鏡?




 ムカゴは鏡の中に引き摺り込まれた。

 そうとしか言いようのない引力だった。


 鏡の中は、何故か現実には存在しない空間なのだと理解できた。


 長髪の和装の男性が立っていた。

 先程、ヒガンの屋敷で取引をした男だと気付く。


「私のことは女郎蜘蛛と呼んでくれればいい」


 彼は独り言のように、唐突に宣言した。異様に覇気はきがない。


「ムカゴ君、君はとても悲しい境遇を押し付けられた。不幸だ、とても」


「……何の話でしょう。僕を元の場所に帰して下さい」


 クコが無事なのか、探して確かめなければ。


「君はクコと暮らしたい」


 娘の名前に反応して、微かに肩が跳ねた。


「けれど君はクコは人間で居るべきだと思っている。もしくは人間界で暮らすべきだと」


「…………」


「何故そう思う? 何故君とクコは共に暮らせないのだ。そんなことを誰が吹き込んだ?」


 イツキの顔が過ぎった。


 ムカゴは雨男……雨神という妖怪なのだと告げたのが、イツキだ。


 ムカゴの持つ魔力は強力で、人間のクコの傍に居続ければ、クコを狂わせ、衰弱死させてしまう。

 ムカゴが居るとクコは普通には生きられない。そう説明したのも彼だ。


「酷い話だ。君が見つけた君の娘だ。何故人間としての幸福が、君の娘の幸福だと決めつけられなければならない」


 まるで自分の事のように嘆いた男の様子は、ムカゴの目には入らない。


 これまでのイツキの言葉と、以前、自分が傍に居たせいで発狂しかかったクコの姿が交互に浮かんだ。


 ああならずに一緒に暮らせるのなら、それが人間界でなくたって良いのではないだろうか。

 この男にはその手段がある……?





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