3-6 カーバンクルと撮影機
*
ピ、カシャ、と一眼レフカメラが乾いた音を立てて、照明が瞬いた。
カメラの正面で、三、四歳の男の子――レーヴェが両手を広げるポーズを取った。
ヒガンの勤める会社のコマーシャルのモデルに、レーヴェが抜擢されたのだ。
ヒガンは迅速に現場に指示を出し、今日のノルマを
ヒガンはこの企業の社長の娘であり、会社運営に携わる時点で重要役職に就かされていた。
一通り撮影を終えたレーヴェを連れて、自家用車に乗り込んだ。
レーヴェが不満気に唇を突き出した。撮影時の無邪気さはとうに放り捨てている。
「今日は運転手はいないの?」
「ええ、何か不都合?」
後部座席のレーヴェは足を投げ出し、暫く沈黙した後、
「まいっか。ねえ、俺頑張ったからご褒美! アイス買って」
「ブクブク太りたいの?」
そう詰りながら鞄から財布を出したヒガン。
デパートの駐車場に寄って、敷地内の屋台に連れていった。
アイス屋の前でレーヴェは駄々を捏ねた。
「全種類買って!」
「そんなに食べらんないでしょ」
「やだ、食べたい! だって買ったやつが不味かったらどうすんの⁉」
「いい加減にして! 昨日だってあんなに靴を買い込んで、どうせ二、三足しか履かないくせに!」
ヒガンは、レーヴェが更に足を踏み鳴らして泣いてねだるだろうと思った。
だが、彼の顔からすっと感情が抜け落ちた。
「……ふーん、ヒガンはそうやって俺のことを決めつけるんだ。いいよ、もう。アイスはいらない」
レーヴェの姿が増えた。
正確には、外見だけは全く異なる少女がヒガンの背後に現れて、「ヒガンはそういう態度なんだね」と皮肉を口にした。
――実はレーヴェは、まともな人間ではない。
死んだ子供の魂が化身した、ピクシーという妖精の一種だ。
妖精は人間と共生関係にあるが、ポルターガイスト現象を起こしていたずらしたり、人間の子供を盗んだりすると言われている。
彼の外見は普段から中々定まらない。
ヒガンに分かるのはどことなく日本人然としていることくらいだ。
写真のピントが合わないように何処か輪郭がぼやけて見えるが、それを周囲の人間は疑問に思わない。
加えて、時々こうして増える。
ヒガンの真横にも、背の高いひょろっとした少年が出現した。
「僕らが怖くないんだ」
真上の少年はヒガンを見下ろして空中に寝そべっていた。
「俺らが君の所に居てあげてるってこと、いい加減に自覚してよ」
「……あんたたちも私に養われてるってこと忘れてないでしょうね」
ヒガンは苛立たしく髪を搔き上げた。
「……三つが限度よ。全部食べなさいね」
さーっ、とレーヴェが一人に戻った。
人間であるヒガンには奇妙で仕方ないが、先程の子供たちが何人に増えようが減ろうが、全員がレーヴェ自身なのだ。
「分かった」
レーヴェは素直になったのではない。
横目に見下ろせば、今日はそれで手を打ってやると言わんばかりの高飛車な表情だった。
アイスの代金を支払いながら、仕方ない、とヒガンは唱えた。それはもう自分の習慣だった。
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