3-7 カーバンクルと撮影機

「あれっ」


 間の抜けた一言で、先程の不穏な気配が霧散した。


 レーヴェが指差した先に、やけに耳の大きな赤褐色の小動物が居た。


「リスだ」


 ヒガンは正直レーヴェがリスという動物を知っていることが意外だった。


 だが、彼は元々人間。それもヒガンの双子の片割れなのだから、知っていても何ら不思議はないと思い直した。


「この子、俺とヒガンとクコのお兄さんにしよう」


 まだ飼うとも口にしないうちに、こんなことを言い出す始末だ。


 ヒガンはうんざりして追い払おうと、小動物を軽く足で小突いた。


 その足の甲にリスがしがみついた。小さな前足でヒガンのヒールの留め具を掴んでいる。


 暫し睨み合った。


 レーヴェがアイスを差し出した。


「お食べ」


 リスがアイスクリームなど食べるわけがない。


 小動物が首を伸ばして、アイスの匂いを嗅いだ。

 食べ物だと理解したのか小さな口を開いて、……更に顎を下げた。


 ミシ、ミシミシ、と顎の骨が軋み、口が胴体の半ばまで裂けた。

 開いた口には、尖った牙がずらりと生え揃っていた。


 ――……これはリスではない。絶対にヒガンが知るリスであるわけがない。


 脳内で危機を知らせるサイレンが渦巻く。


 リスに見えた動物の様相は、もはや小型のワニだ。


 そのままレーヴェの手首ごと一口で、三段重ねのアイスを食べた。


「ねえ見てヒガン。この子アイスが好きなのかなあ。可愛いなあ」


 急に屈託無くはしゃぎ出すレーヴェだが、その左手は千切れて無くなっている。


 その異常性に足が震えた。


「ああこれ?」


 レーヴェがヒガンの視線を辿って自身の左手を掲げた。「治るよ」


 その一言に反応したように、綺麗さっぱり元通りの左手が生えていた。


 レーヴェはヒガンを気遣うように、困ったように首を傾げた。


 ヒガンは恐怖に駆られながら、リスでないそれを蹴り飛ばした。


 と、リスらしき怪物は腹を立てたのか、ぐぐぐっと口を巨大化させ、アイス屋の屋台を店番のおじさんごと喰べてしまった。


 怪物は何食わぬ顔で、元のリスの姿に戻ると、小さな手で鼻先を洗った。


「……帰るわよ。こんなのと関わり合いになりたくないわ」


 ヒガンはレーヴェの二の腕を掴んで、自家用車の側まで引っ張った。


「ねえ」


 レーヴェの瞳が期待を湛えて輝いた。嫌な予感がした。


「今日からこの子も家族だよ」


「――それ、私にメリットはある?」


 レーヴェは、何だそんなことを気にしていたの? と言いたげだ。


「この子、金銀財宝の塊だよ」


 ヒガンは恐怖心と興味を天秤にかけた。

 僅かに、興味と金欲の方に傾いた。


 ヒガンの額を冷や汗が伝ったが口角はくっと上がった。


「どういう理屈で稼げるの?」





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