3-16 カーバンクルと撮影機


 女郎蜘蛛なるふざけた名を名乗った男性は、ヒガンらを、ヒガンの屋敷と瓜二つの建物に連れてきた。


 客間の中央に真似人形が置かれている他は、全く元の屋敷と変わらない。

 だが、ここはうちではなかった。


 まず屋敷の外に出ることが不可能なようだ。

 窓の外は真っ黒に塗り潰されているのに、窓を隔ててこちら側には柔らかく涼しい雨の匂いを孕んだ日差しが降り注いでいた。


 人間の理論では理解できない異常な空間だ。


 ヒガンは髪を束ね上げ、洗面台の鏡に背を向けた。


 今も首の後ろに頸椎の代わりとして箸置きが嵌め込まれている。

 応急処置のはずだったが外してもらうタイミングを逃していた。


 ムカゴにも対の物が埋まっているはずだ。つまり夫婦箸置き。


 ヒガンにとってムカゴは、アクセサリー感覚で欲しかった子供の父親というだけ。

 特に何の感情も向けたことはない相手。


 それとお揃いというのは、寒気がして首から毟り取りたくなるような衝動が湧いて、直後、そこまでするのは面倒のような無気力で沈んだ。


 夫婦箸置き(?)など仮にも恋人だったソラへの裏切りかもしれないが、裏切ったところで所詮ソラは死人だという気もした。


 洗面所から出て、バラバラ人体人形に挑むように正面に立った。

 ソラの研究をどうこうする踏ん切りが付かなかった。


 この研究を完成させる最後の鍵は、喉や肺や唇といった部品ではない。

 それは十分に足りていた。


 ヒガンは肩越しに背後を窺った。


 レーヴェとクコがレジャーシートの上に玩具を広げてままごとをしていた。


「くもさん、あーそーぼ」とクコに呼ばれて、女郎蜘蛛も彼らの隣に体育座りをした。着物が傷むことは気にならないのか。


 ソラの研究。

 それは真似人形だった。

 目の前で演じてみせたことを覚え、次の何かの動作を覚えるまではその動作を自動的に反復する。


 人形実験の完成には呪文の詠唱が必要だった。

 呪文に節をつけてうたにする。そこに新たな魔法が生まれる可能性を探る。


 この実験はそもそも女郎蜘蛛がソラを唆してやらせたのだと今になって知った。

 どんな口八丁手八丁で魔法なんて非科学的なものを信じさせたのだろう。


 レーヴェなら何かしらの呪文を知っていそうだ、と考えた。

 それを唱えさせ、後は自動的に人形に呪文を唄わせればいい。


 ソラが待ち望んだ実験の完成はあっけなく達成されそうだ。


 ヒガンは人形に手を翳した。


 外見は人間の上半身を模した、ぜんまい仕掛けの機械人形。

 それなのに何故か生魚の血と内臓のように臭った。


 その機械に、生ゴミ発酵促進剤を降り掛けた。


 甲高い悲鳴を上げるように見る見る人形がひしゃげて首が捻じ切れて、金属音と共に落ちた。

 茶の錆が骨格を支えていた金属の枠と内部のぜんまいに拡がって、ものの数分で無残に変貌した。


 ヒガンはソラの研究の全てを、彼が生きて固執し続けた物を跡形もなく壊した。





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