1-6 和菓子職人とホッチキス
翌日、おじさんの有り難い計らいでお見合いの日取りが決まった。
何とか企業のご令嬢とムカゴの縁談らしい。ムカゴが結婚してひと月で離婚し、クコの親権がそのご令嬢に移されるまでの流れが、ムカゴの知らないところで決定されていた。
まだ高校生であるムカゴは養育に適した環境を用意してやれないから裁判では十中八九親権を奪われるだろう、とのことだった。
おじさんは「相手はお金持ちだし、その子供の笑い発作だか病気もちゃんと治療してくれるらしいし、何よりここよりも子供をちゃんと育てられるだろ」との言い訳をした。
ムカゴは和菓子屋を継ぐことを取り下げ、阿部夫婦の元から自立することにした。行く当てはこれから探すことになる。
事の顛末をイツキに報告すれば「ああ、その方がいいかもな」と冷淡な答えが返ってきた。
「相手のご令嬢はただの人間みたいだし、クコちゃんがこちら側に触れる確率はほぼなくなるだろう」
だが、クコは血の繋がりのない家庭で冷遇されるかもしれない。おじさんの口振りから推測するに、ご令嬢の親族皆がこの結婚に賛成しているわけではないようだった。
身体中に不安が充満していく。もう何がどうなっても構わないからクコを攫って、遠く逃げてしまおうか……。
ポン、とイツキが肩を叩いた。
「ムカゴ、ちょっと休憩する?」
イツキは「近くに俺のバイト先があるから寄ろう」と誘った。イツキが法律事務所でアルバイトをしていることは以前に聞いていたが……。
イツキに連れて来られた法律事務所、のはずの建物。
無機質な直方体のコンクリートブロックが威圧感を与えそうだが、一階が硝子張りになっており、むしろ機能性を感じさせる外観がムカゴには好ましい。
ドアのプレートに金文字で『魔法道具店 ~スキュラ支店~ 当店では道具がお客様を選びます。予めご了承ください。』と記されていた。
イツキに誘導されながら、ムカゴの頭の中はクコのことで一杯だった。
子供を求める感情は、雨男という妖怪としての本能だという。
ムカゴは「クコ」を愛しているのではなく、「子供を手元に置くこと」に固執しているのだという。
そうなのだろうか。本当に、自分は親を名乗る資格がなかったんだろうか。クコの親でいられることが、唯一の自分の存在価値に思えていたのに。
娘を抱き締めることはもう二度とムカゴには許されない……。
促されてソファーに腰を下ろせば、ガラステーブルに湯気を立てる緑茶が用意されていた。
イツキが「行くとこあんの?」とさりげなくムカゴに問いかけた。
「いや、まだ……」
ほら見ろ。自分の面倒ですら見られない子供が、よくも娘を育てたいなどほざけたな。
どうしても自分で自分を罵ってしまう。イツキには気づかれぬように奥歯を噛み締めた。
イツキが右手を薙ぐように払うと、天井の照明と玄関口の電気スタンド、卓上のアロマランプが、ぽぉ……と光った。
「一先ず俺の専属和菓子職人とか、どう?」
突飛な提案に、ムカゴは目を瞬かせた。
「……願ってもない話ですけど、本当に?」
イツキの目が少年のように輝いていた。
「俺、お前の作った和菓子が人生一、好き」
「はあ、それは、えー、職人冥利に尽きます」
こうしてムカゴは暫くイツキの専門和菓子屋? として働くことになった。
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