2-7 妖精と箸置き
*
イツキは廃れた旅館の前で不安気に立ち尽くすクコを発見した。
クコから事情を聞き、ムカゴがとんでもない無茶を仕出かしていそうな予感に襲われた。
イツキが奥座敷を探し当てた時、ムカゴとヒガンは血に塗れブルーシートと布団に横たわっていた。
子供たちが敷布団の周囲にひしめいていた。
ムカゴは昏倒しているが、ヒガンは辛うじて意識を取り戻したようだ。彼女が呻いた。
「……奥に、……奥に、人……」
掛け軸の後ろに障子張りの引き戸を発見した。が、開かない。
和室を埋め尽くしていたこけし、ならぬ子供たちが「パタンッ、パタン!」と室内の戸という戸を閉めた。
「こっち」
即座に意図を呑み、少年が指差した戸をイツキが開けた。
すかさず「こっち」と呼ばれる。少女が指示するまま風通し用の小窓を開けた。
途端、先程の戸をもう一度指差す子供が現れる。今度はそちらを閉めた。
その動作を飽きる程続けた。障子、硝子戸、網戸、押し入れの戸、小窓、格子戸、竹ひごの飾り戸、高窓……。
それらの戸の開閉時に和室全体から「カタリ、カタリ……」とパズルが解かれていくような音がした。からくり屋敷にでも迷い込んだ気分だ。
最後に全ての戸を開け放つと、「カタンッ……」と掛け軸の裏の障子戸が倒れた。
戸の向こうは窓がない牢獄のような作りだった。
倒れている人の姿を見つけ、駆け寄った。全員、連続失踪事件の被害者だと分かった。身体の一部が欠損していたからだ。
おそらくソラに取られ、からくり人形の実験材料となったのだ。
口がないのはクコ。他に舌、左肺、右肺、のどぼとけ、顎のない人々がいた。全部で五名だ。全員、息があった。
巨大な黒狼に変身したホノカが全員を背に乗せ、「ディスマスさんの所に行きます!」と叫んだ。ディスマスは魔法使いの師匠だ。
イツキはホノカが去ると、ムカゴとヒガンの横に膝を着いた。
何故か床の間に飾られていた箸置きを、応急処置として魔法で頸椎代わりに二人の首に固定した。
イツキは加減なくヒガンを叱り付けた。
「俺が五分遅れたら死んでたぞ!」
ヒガンは癪に障ったような顔をしたが、結局何も言わず目を伏せた。
後日、ソラが落命した。不幸な偶然が重なって、崖から落ちたらしい。
ソラに誘拐された人々は手当てを受け、事件そのものの記憶を消された上で帰された。
ヒガンはと言うと魔法で傷が完治するとさっさと生家の古民家に戻った。
魔法道具店、スキュラ支店。ムカゴはソファーに寝かされていたようだ。
ムカゴが覚醒して早々、イツキが問い掛けた。
「バンシーって知ってる?」
「あの、クコは無事ですか?」
見事に問いを遮ったが、イツキは「無事だよ。奥の部屋で休んでる」と苦笑した。
ムカゴは一先ず安堵し、先程のイツキの問いに「知らない」と答えた。
イツキは手短に説明してくれた。
バンシーとは、死期の迫った人間の家に現れ、叫び声を上げて死を予告する女の妖精だという。
叫びが聞こえる間、その姿は見えないという その叫びは万物の叫び声を合わせたような凄まじいもので、どんなに熟睡している者でも飛び起きる。また、バンシーの目は燃えるような赤色をしているらしい。
ヒガン自身はただの人間だ。バンシーであったのはヒガンの母親だった。
「ごめん」とイツキが真摯に頭を下げた。
「前に俺は『ヒガンさんのとこに居ればクコちゃんはこちら側に触れる確率はほぼない』って言ったけど、今回かなり危険な目に遭わせてしまった」
ムカゴは沈黙し、ふう、と溜息を吐いた。
「それはイツキさんは悪くないと思います。それと、ヒガンさんが本気で悪人だったなら、痛い思いなんてせずに逃げ出すこともできたはずでした。でも、ソラって人に従ったのは誘拐された人とクコのことを助けようとしてくれたからです。
それにどういう理由があったのかは分かりませんが、ヒガンさんがクコを世話する気があるなら僕は今はクコを預けていてもいいかなと思っています」
イツキは一度固く目を瞑ってから、「分かった」と小さく頷いた。
ムカゴはこの機に以前から疑問だったことを聞いておこうと思った。
「あの、タンポポ畑の子供たちは……?」
ムカゴやクコを遊びに誘いに来ていた、増えたり減ったりする謎の子供たち。
「あの子たちはピクシーって呼ばれる妖精。よくゲームとかで出てくるだろ?」
「僕、ゲーム、しないので」
「あ、そっか」
申し訳なさそうにイツキが首を竦めた。
ピクシーとは妖精の一種で、貧しいもののために仕事をするが、怠け者を見つけるとつねったりポルターガイスト現象を起こして懲らしめる。
一晩中馬を乗り回し、夜になると森の中でダンスするという。彼らの踊りに出くわした旅人は皆一緒に踊らされ時間の観念をなくしてしまう。旅人を惑わせ迷わせくたくたに疲れさせるいたずらも行う。
また人間の子供を盗んだり、取り替え子を行うという。
洗礼を受けずに死んだ子供の魂が化身した存在だといわれており、直接人目につく場所には出て来ないが、人間と様々な点で共生関係にある存在。
自身に恵みを与えた者には正しく報いるという。
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