3-20 カーバンクルと撮影機
ディスマスが更にジュアンに詰問した。
「そもそも何で連中につけ込まれた?」
「それは、」
彼女は黒目をくるりと一回転してみせ、面白い回答を探したようだが、急に諦めた。
「背中合わせ陣取り合戦に、強制参加の通達が来てしまってね」
「「「?」」」
イツキとホノカとムカゴが、同じ方向に一斉に首を傾げた。
と、何の前触れもなくぽこん、という音と共にジュアンの右腕に異変が起きた。
肘の関節が真逆に曲がった、だけではなく、毛深く、よく日焼けした一般男性の太さの腕になっていた。
またぽこん、と今度は右足が、更には後頭部が老年の男性の顔になった。
男性の表情は虚ろで何も喋らない。
「私か、この見知らぬおじさんかどちらかしか存在できないようなのよ。
例えば、私の左腕が存在している間はおじさんの左腕は消え、私の左腕が消えるとおじさんの腕が現れる。しかも、私たち背中合わせに存在が重なっている。
私はこのおじさんと意思を疎通できたことはないわ」
ジュアンが頼んだ。
「この現象を止めたい。陣取り合戦の勝利条件を見つけて欲しい」
そして、気まずそうに目を伏せた。
「女郎蜘蛛にも同じように頼んだのよ。
けれど奴は一度は『分かった。代わりに頼み事を聞いてくれ』と言っておきながら、私が言う通りにカーバンクルを連れてきた途端に、『そんな約束は知らない』って放り出そうとしたの。
頭に来たからそのまま逃げて、カーバンクルも途中で公園に逃がしちゃったわ」
ジュアンが済まなそうに何処かお茶目に、上目でイツキを窺った。まだ何かあるのか。
「あと、イツキの隠してた人体人形も女郎蜘蛛にあげちゃった」
彼女はペロッと舌を出した。
「は⁉ ちょっ、それはマズいっ……」
イツキがさっと蒼褪めた。
やがて肩をがっくり落とし、ディスマスに向かって愚痴った。
「あー……。俺は何であんたみたいにスマートにやれねぇのかな」
「あ? 上手くやろうとか千年早ぇよ」
師匠であるディスマス――後に聞いたのだが、彼は二千年を生きる不老の魔法使い、らしい――が言うのであれば本当にそうなのだろう。
ディスマスのぶっきらぼうな言葉は慰めだろうか、微妙なところだ。
「……嫌味ですらねえ分ダメージ倍増なんスけど」
ともかく、ジュアンの困り事の解決と、クコたちの捜索、女郎蜘蛛なる人物の企みを暴き阻止することを同時並行で行わなければならなくなった。
あまりに問題が
「ムカゴ、クコちゃん見つけるまででもいいから協力してくれないか?」
イツキはやけに改まって言った。
「……勿論、そのつもりでしたけど」
イツキはもどかしそうに頭を掻いた。
「いや、あのさ、流石に今回の案件は俺だけの手には負えねえからさ、他の魔法使いにも協力してもらおうと思ってんだけど、正直俺ら、魔法使いの間では結構な嫌われ者なんだよね」
イツキの顔には緊張があった。
「嫌なとこ見せるかもしんねぇけど、」
それに被さるようにホノカが、
「馬鹿なこと言う連中は私が蹴散らすから安心してね」
「蹴散らしちゃ駄目ですー」
イツキがホノカの頭をぽんぽんと触れる程度に叩いた。
「嫌ですー。蹴散らしますー」
意固地になったホノカを、愛おしそうにイツキは見詰めた。
「僕はイツキさんがクコを思ってくれる限り、何があっても構いません」
「……あっはは、サンキュ」
魔女裁判所の白い広間。
イツキとホノカ、ディスマスとその使い魔らしきブチ猫、人間の少女ジュアン、そしてムカゴは、白魔女の登場を待った。
ムカゴは改めて女郎蜘蛛のことを回想した。
ムカゴの中で、クコを取り戻したい気持ちは決して揺らぐことはないだろう。
だが、何処でどう生きたいか、クコの幸福とは何か、自分は何になっていくのか、あらゆる問いが絡まった歪な毛糸玉のように頭の中をころころ転がっていた。
(「3.カーバンクルと撮影機」終わり)
零余子 葛 @kazura1441
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