3-9 カーバンクルと撮影機


 法律事務所もとい魔法道具店帰宅後、イツキはいつになくヤキモキしている様子だった。

 ヒガンとの交渉は上手くいかなかったようだ。


ムカゴは「おやつですよ」と緑茶と茶菓子を持っていった。


「甘いやつ?」


 上手く興味を引けたらしい、現金なものでパッとイツキの顔が上がった。


「……ういろうです」


「おおー!」


 両手を上げて喜ぶイツキを、まじまじと見てしまった。


 イツキの好物は小豆だから小豆を使用していない和菓子にどういう反応をするかと内心緊張したのだ。


「な、何?」


「いえ、喜んで頂けて光栄です」


「おー、そっか……」


 イツキが「何で俺凝視されてんの……?」と口の中で呟き頭を掻いていた。


 イツキの機嫌が回復したようなので水を向けた。


「イツキさん、落ち着かないんですか?」


「逆にお前はスゲー落ち着いてんのな」


 不服そうなイツキに、ムカゴは自嘲した。


「あの魔物の方が僕よりずっと魔力? が弱いですし、多分僕が傍に居るよりはクコが被る悪影響が少ないと思うので」


 イツキはういろうをつつく手を止めた。ムカゴを気遣う顔だ。


「悪ぃ、そんなつもりなかった。ええっと、俺が焦ってんのは、ヤバい見落とししてるかもしんないってことにビビってるだけだから」


 イツキは丁寧に説明した。


 この世には人間界と、魔法使いらや魔物が暮らす世界、その他の異界などいくつかの世界が存在している。魔法使いの世界は階層構造になっている。


「人間が魔法使いの世界に渡ろうとすれば何かしらかの手段――例えば、転移魔法――が必要だったりする。

 けど、魔物が人間界にGO、ってことなら行きはよいよい……」


「帰りは怖い?」


「帰りもよいよい」


「……?」


「因みにだけど、魔物は、魔法使いの世界の、階層間の移動はあんまりできない。

 種族や魔物ごとに国とか生息地帯が分かれてるし、例えば飛行できる奴らでも、転移系の魔法がないと階層は渡れない。

 逆に、異界を渡って来れた人間なら当然転移魔法なり移動手段持ってるから階層間の行き来は楽だな」


 ムカゴは頭の中で表を作り整理した。


「人間」→魔法使いの世界には、魔法がないと行けない。魔法使いの世界に行けば色んな階層を自由に動ける。


「魔物」→人間界にはすぐに行けるし、すぐに帰って来られる。魔法使いの世界では自身の生息地帯以外は行きづらい。


 それならカーバンクルが人間界に居ると聞いてイツキが焦っているのは何故だろう? 


 カーバンクルは魔物なので人間界に来るのは難しいことではないはずだ。


 ムカゴが首を捻ると、イツキは自身の米神をトントンと数回叩いた。

 説明を組み立てているようだ。


「話を戻すぞ。……三年半前に、魔法使いの世界で戦争があったんだ。

 そん時にさ、人間界にも魔法使いの世界にも生息しない竜が、他の異界から召喚されちゃって、スゲーたくさん人が死んだんだ。

 こんなのもう止めようやってことになって、世界で一番偉い白魔女が魔法使いの世界全体に結界を張ったんだよ」


 人間界でも魔法使いの世界でもない、異界のことわりで生きる生物は入れない。

 転移や召喚魔法で持ち込むこともできない。


 また、魔法使いの世界の住人のうち、知性のある種族はある程度の出入りが可能だが、言語の通じない魔物は人間界に行けない。

 ただし一度命を落とし、人間界に転生した場合のみ例外だ。


 そういった結界だった。


 ムカゴは理解しようと努めた。

 転移、転生、召喚……似通った単語が混在していて難しい。


 これらの話がどう繋がるのか、現在クコの傍に居る魔物は危険な存在なのか。


「……つまり本来はもっと自由に人間の世界と魔法使いの世界を行き来できるところを、結界で制限してるんですね?

 ……魔物でもカーバンクルだけは結界が無効化されたんですか?」


「……特定の魔物だけ効果がない、とかでは無いと思うし、多分抜け穴があんだよな。

 それ突き止めない限りどばどば魔物が人間界に移住してきて人間襲って大パニックとか有り得ちゃったり……。

 俺はそれが怖いんだよ」





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