3-3 カーバンクルと撮影機
ちょっと見てみろ、と促すようにイツキは魔法を発動させた。
その手にはオレンジ色の魔法石。
「ホノカ、俺の魂と身体を千切れるか?」
「そ、それはっ」
ホノカと混ざっている北欧神話の魔物フェンリルには、心の実体と肉体を切り離す能力があった。
俗に言う幽体離脱をさせる。
「大丈夫。人間やめるとかそーゆー話じゃねえから」
ホノカは、イツキの言葉に嘘が無いか注意深く検討して……言う通りにすることにした。
イツキは先程、魔法石に何か魔法を掛けていた。きっと大丈夫。
ホノカが魂を切り離した瞬間、イツキの魂が何処かに消えた。
身体は眼を虚ろに見開いて壁に凭れ、脱力している。
ホノカはパニックになった。
「せ、先輩っ……!」
「大丈夫、ここだ。上手くいったみてぇだな」
イツキの右手に握り込まれた魔法石から、イツキが発声した。
「さっきのな、魂を吸い込みやすくさせる魔法だよ」
「……そんなことをして、戻れないんじゃ……」
「普通だったらな。魔法石ごと身体に埋め込めば魂は戻るけど、法律違反だ。だから魔法石からもう一度魂を切り離して身体に戻す」
そんなことが可能なものかと問い詰めたかったが、可能だと確信したから実験したのだろう。
イツキの身体、左の手の甲にぼわっと黄の魔方陣が浮かび上がった。
イツキの右手と左手の間に空気の……いや、空間の揺らぎが生み出された。
魔法石から綿飴のような光の糸が紡ぎ出されて、
くるくる、くるくる……。
細く捻じれて、コイルのように空間に巻き付き、最後は魔方陣に消えていく魂の糸。
糸巻きに巻き取られるように淀みなく収納された。
十秒ほど経って、イツキがむくっと起き上がって、頭を左右に小さく振った。
「あー、死ぬかと思った」
魂を身体に戻すことに成功したらしい。
ホノカは安堵の息を吐いた。
「それで、先輩はこの実験で何をするつもりなんですか?」
イツキは、知ってるくせに、と言いたげに肩を竦めた。
そうだ。ホノカは知っていた。
イツキは三年半前に亡くした友達を生き返らせたいのだ。
正確には、その友達は死んで消えてしまったのではなく、魂が分裂してあの世とこの世の狭間の世界に散らばっているはずだ。
イツキは魂の欠片を搔き集めて、合体させて、再び意思疎通の取れる人格を蘇らせたいのだ。
だから、こうして一度切り離した魂を呼び寄せて収納する実験を繰り返している。
「もういい加減止めたらどうですか」
思わず批判めいた言葉が口を突いた。
「どーゆーこと?」
イツキが不思議そうにホノカを見返した。
「もう止めて下さい」
「そしたら俺の丸三年は無駄だったのかよ」
蘇生実験のため奮闘した三年間のこと。
ホノカはイツキの無茶を一番近くで見ながら何も協力させてはもらえなかった。
「私でいいじゃないですか。私が一生傍に居るだけじゃ足りないんですか」
「そういう問題じゃねぇって。……俺はお前が好きだから傍に居るだけで、ホノカで埋めるとか、ないから」
ホノカを誰かの身代わりにして寂しさを埋めたりはしない。
意地悪な答えだと思った。
同時に、イツキはこの無謀な蘇生を成し遂げない限り前を向くことはないのだろうとも思った。
ホノカは箪笥に凭れ掛かったイツキに、顔をくいっと近付けた。
意図を察して、「あ、俺、汗まみれだから……」と愛しい恋人が慌て出した。
「そんなことは聞きません」
一方的に宣言してイツキの上唇を自分の唇で、はむっと挟んだ。
イツキは、これはホノカのお仕置きなのだと理解したのか大人しくされるままになっていた。
ちゅっと小さく吸い上げただけでホノカは離れた。
「噛まれるかと思ったぁ……」
……頭からバリバリ喰われるとでも思っているのだろうか、心外な。
ホノカは
中身は、苔と泥を煮詰めた色の液体だ。
「え、あ、何それ」
「マンドラゴラとヤモリを煮詰めたジュースです」
イツキの左足首の骨折のための、鎮痛剤であり治療薬だ。
効き始めるのに二日はかかるが、イツキの実験とやらに干渉せず、副作用もなく安全に完治させられる。
「えっ、ちょっ! 待っ」
ホノカは問答無用でイツキの顎を掴み、マンドラゴラのジュースを口に流し込んだ。
「ごぼっ、ぐふっ、激不味っこれ死ぬっ……!」
転げ回るイツキに苦笑しつつ、昼の日差しが寸分も位置を変化させることなく木床に貼り付いているのを横目に眺めた。
イツキが諦めるまでは付き合うのが自分の義務なのかもしれない……。
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