3-4 カーバンクルと撮影機


 人間界の梅雨入りは昨年よりも二週間も早かった。


 秋の長雨よりも湿度が高く、温かい。

 雲までも若干明るい薄墨色だ。深緑に弾かれる五月雨。


 偶の晴れ間は、おのような軽やかな淡い日光から、干し柿の断面のような濃い密度を持った鮮やかな陽に、徐々に移り変わり始めていた。


 住宅街裏の田んぼからゲコゲコと蛙の合唱が漂ってくる。


 一階が硝子張りになった直方体のその建物は、住宅街を背後に大通りに面して立地していた。


『魔法道具店 ~スキュラ支店~ 当店では道具がお客様を選びます。予めご了承ください。』


 金文字でそう記されたドアプレートが出迎える。


 店の窓についた五月雨の雫が、縫い留められた透明なビーズのようだ。

 小さな雫の内側に更に小振りな光の珠が実っていた。




 魔法道具店、店内。


 朝のおやつであるムカゴ特製の小豆ムースにイツキが舌鼓を打った時、ある親子が訪ねてきた。


 四十代くらいの両親と、女子中学生。

 彼らは二ヵ月前からイツキの依頼者クライエントだった。


 相談内容は娘の様子が激変してしまったことだ。


 内気で一人絵を描くことが趣味の両親想いのいい子が、突然夜中に家を抜け出したり、皮肉を口にするようになったという。


 単なる反抗期ではないのかと邪推しそうだが、この魔法道具店に立ち入ったという時点で怪奇現象に関わりがある証拠だ。


 ただイツキの見立てでは躍起になって解決せねばならない類のものではなかった。


 制服姿の女子中学生は前下がりのショートボブに、細縁の丸眼鏡がよく似合っていた。

 名前は寿晏ジュアンという。勿論、日本人だ。


 両親はここを相談室とでも思っているようで「一時間後に迎えに来る」と言い残し、娘を置いて帰った。

 娘の方はいっそ両親を気の毒がるように見送っていた。


 ジュアンという少女は、イツキの正面のソファーに無遠慮に足を組んだ。


 詩でも諳んじるように、


「さあ、先生。どうやって私を治してくれる気なのかな?」


「それがさあ、別に治す必要ねえんだよなぁ」


「ほうほう」


「学校に行けないとか人とコミュニケーションが取れないとかはないし、あったとしてもお前、困ってないだろ?」


「うん。だが、私は完治と言われてしまうとこのままイツキと会えなくなるから、それは困るね」


「まあ、あの過保護な両親に囲まれてるよりは気が楽になるなら来いよ。毎回『治療は順調です。もう少し様子を見ましょう』って言ってやるからさ」


「この似非えせ医者め」


 少女は楽しげに揶揄した。


 と、彼女は急に思い出したように手を打った。


「ところで、カーバンクルを見つけたから近々、金銀財宝が手に入る予定なのだよ。イツキはどう? 欲しい?」


 芝居がかった口調。


 イツキは「カーバンクル」という単語を脳内検索に掛けた。

 最近やったRPGに出てきたような……。


「お前に金持ちになりたいなんて願望あんだな、初耳だ」


「あら、私だって人並みにお金にはがめついのよ」


 相談の時間が終了し、ジュアンは元気よく帰っていった。





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