3-2 カーバンクルと撮影機
瞼に熱を感じた。日差しの熱だ。
さっきの騒がしさもワクワクした胸の高鳴りも硫黄の匂いも彼方に遠のいて、靄がかった。
――――。
――ほら、夢オチだ。
分かってた。
咄嗟に、あの夢の続きに潜ろうとしてしまう。
夢の中なら彼らがとっくに故人であることを忘れられる。
自分にはそれが出来た。永遠に眠り続ける魔法を編み出せるという意味で。
――……っ。
逃げんな。責任放棄すんな。そんな権利、俺には無えよ。
胸の内で自分を叱責した。
背中に冷や汗を掻いていた。魘されたようだ。
それでも頬は濡れていない。仲間たちの死から三年半、涙すら流せない自分に慣れつつあった。
まだ霧の晴れない頭で、起きようと決めて目をこじ開ければ、視界に殺風景な木床が伸びた。
ここは魔法使いたちの世界、昼の階層。
イツキが買い取ったエルフ国の一角にある一軒家だ。
人間界と同じ暦に従って同じ時間の進み方をするこの世界だが、昼の階層は朝も夜も昼も、太陽は正午の位置に黙している。
今も明り取りの格子から這い出た日光が木屑塗れの床を冷やかしていた。
陽が落ちることがないため部屋の惨状は常に浮き彫りだ。
散らばった玩具の注射器。レトルト食品の残骸で膨れたゴミ袋。無情に室内を録画し続けるタブレット機器。
イツキは壁際に寝そべっていた。時間的には今は朝だ。
じっと息を殺してイツキを見守っていた人物が居た。
魔法使いであるイツキの使い魔であり、恋人のホノカだった。
*
ホノカは木屑でスカートが汚れることも厭わず正座していた。
壁と床の境目の
「先輩、先輩、正気ですか?」
イツキは飛び上がって瞠目した。
「うわあっ……、ぐっ……」
叫びとも呻きともつかない声が漏れた。
格子状の日溜まりの中に居ながら瞳孔が開いていた。
頭を箪笥に打ち付けた。
手足を滅茶苦茶に振り回そうとして、ふと焦点が定まった。ホノカを認識できたらしい。
イツキは憑き物が取れたような顔になって、目に光が戻った。
「ホ、ノカ……。ごめん、もう大丈夫」
イツキは一番重たい箪笥の足に、自身の左足首を括りつけて一晩を過ごしたようだ。
パニック時に怪我の危険を減らすためと、タブレット機器の撮影範囲から位置がズレないためだと本人は説明した。
彼は左脚を持ち上げて、「うわ、足首折れてるわ……」とぼやいた。
「先輩、何してるんですか?」
「……あー、うーん、端的に言えば、実験。倫理的にアウトな人体実験は自分の身体でするしかないっしょ?」
イツキは冷や汗を拭いながら殊更軽い口調だった。
ホノカは左足から紐を解くのを手伝ってやる。
それを終えると、イツキは残酷な頼みを口にした。
「これ、右足に付け直してくれるか?」
彼はまだ実験を続ける気だった。
ホノカは息を吞む程の逡巡の後、腹を括って、きつくイツキの右足を縛った。
「……何の実験をしてるんですか?」
ホノカは言葉尻がきつくならないように吐息混じりに囁いた。
「魔法石使って意思を創り出すのと、物に意思を宿らせるのは厳禁だよな。何でだと思う?」
「そういう法だからですよね」
「そう。んで、法の抜け穴って案外たくさん見つかるもんだろ?」
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