3-18 カーバンクルと撮影機
*
イツキは、魔女裁判所に寄って直接この件を報告するらしい。
「悪ぃけどムカゴも来てくれ」と頼まれた。
クコとレーヴェとヒガンが一秒でも早く見つかるならば、そしてクコの無事が保障されるなら是が非でもない。
イツキは「すまん。ムカゴはそれどころじゃねえよな」と詫びた。クコを思ってのことだ。
「いえ……。確かに心配で堪らないです。けど、今のところはクコは無事です。……何と言うか、本能的に分かります」
「そっか」
イツキは頬を強張らせたままだが、少し安堵したように額に手を当てて目元を覆った。
「私はクコちゃん探しに行きたいです」
黒い狼姿のホノカがせっついたが、それをイツキが優しく制止した。
「何が起こるか分かんないからまずは情報収集」
ホノカの背に乗せてもらって移動し、魔女裁判所に到着した。
ムカゴは魔法使いの世界に来ること自体これが初であるため当然「魔女裁判所」も初めて見た。
魔女というおどろおどろしいイメージと正反対に全てが清潔な白で統一されていた。
門を潜って巨大な建物に立ち入った。
受付を過ぎれば白い柱が林立する回廊が出迎えた。
終わりの見えない回廊を迷いなく進むイツキに無心で付いていく。
到着した先には豪華な広間があった。
天井には存在感のあるシャンデリア。
磨き上げられた白い石の床から扇状に伸びる階段が踊り場を境に二手に広がる。
踊り場には、玉座のような一人掛けの椅子が誂えられていた。
階段の前に目付きが悪い男性が立っていた。深緑の蓬髪に、長いローブを羽織っている。
ムカゴたちに目を留めると、人を待たせるな、とでも言いたげに眉を寄せた。
ムカゴは彼と一度会ったことがあった。
愛想の悪そうな男性に代わって、彼の足元でブチ柄の子猫が「ニャーン」と挨拶した。
「あれがディスマス。俺の、魔法の師匠な」
イツキが耳打ちした。
「てか、白魔女は?」
イツキの問いに、「茶会らしい」とうんざりしたようにディスマスが返答した。
ディスマスは透明な空っぽの酒瓶を持っていた。
その円柱の表面に赤褐色の染みがあった。
それがリスのような小動物……カーバンクルだった。硝子瓶に映るカーバンクルは忙しく動いていた。
クコたちと共に女郎蜘蛛に攫われたのではなかったのか。
「そんな、生きて……」
ムカゴよりイツキの方が衝撃を受けているようだ。
背後から、コツコツと足音がした。
ローファーを鳴らし、散歩の途中に寄ってみたと言わんばかりに平然と入ってきたのは、女子中学生だった。
ムカゴは彼女の面影をおぼろげに覚えていた。
今朝方、魔法道具店に来てカーバンクルのことを話した少女だ。名前はジュアン。
ムカゴは首を捻った。
彼女は人間だ。それがどうしてここに居るのか。
ジュアンは不意にポシェットから携帯機器を取り出した。
それに内蔵されたカメラレンズに、瓶の中のカーバンクルが興味を示したように鼻をひくつかせた。
イツキが叫んだ。
「おいで、ルーっ!」
カーバンクルは嬉しそうに駆けてきて、パシャリ、とシャッター音と共にカメラレンズの中に飛び移った。
気が付けば酒瓶から、携帯機器の画面に姿が瞬間移動していた。
携帯機器を軽く振った中学生ジュアンが、イツキとムカゴの間に割り込んだ。
「やあ、遊びに来たけれど良かったかしら?」
何もない石の床をパシャリと撮影して、「これ、印刷してよ」とイツキに要求した。
イツキが呆れ気味に笑った。
イツキがバスケットボールのように、携帯を指先でくるっと回すと写真が一枚できていた。手品みたいだ。
仕上がった写真には赤褐色の毛並みのリス……カーバンクルが映っていた。
今も写真の中で元気よく動いている。
それを覗き込んだイツキが、そうか、と手を打った。
「“鏡”に拘らなくても“映し出す”機能があれば良かったのか……」
ジュアンは妖艶に笑った。
「当然よ。宝石だって持ち主の欲望を映し出すものでしょう?」
ジュアンはカーバンクルの額のルビー色の宝石を指で摘まみ上げて、写真の中にぽとんと落とした。
カーバンクルが見事キャッチして自分で額にセットした。
イツキがジュアンを睨み上げた。
「そんなん、こじつけだ!」
「あはははは!」
少女が心底楽しそうに高笑いした。
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