2-3 妖精と箸置き
*
森野イツキは白魔女の命令で、ある連続失踪事件を追っていた。
それはイツキの実家がある街での事件だ。ごく狭い住宅地圏内で、次々と人が行方不明になっているという。
誘拐事件ではないかということで警察が捜査するが、いつまで経ってもその痕跡すら発見できず、失踪した人間の共通点も浮かばなかった。
魔女裁判所に鎮座する、世界で一番偉い魔女こと白魔女の命令が下ったということは、この事件には人間界には普通存在しない妖怪や魔物の類が関与しているということになる。
イツキには一つ心当たりがあった。
事の真相を推理しようとして……ひたすら気が重かった。
「もし先輩の予想通り『見上げ入道』の仕業なら……」
ホノカの気遣わしげな視線を受け止め、顎を引いた。ホノカは今はシベリアンハスキーに化けている。
四年弱前、イツキがまだ魔法使いとして見習いであった頃に関わった事件だ。
ある男性会社員が自殺した。
後輩社員がその男性の悪口を言い降らしていたことが自殺の一因だった。
男性社員は自殺した後、その恨みから見上げ入道という妖怪となり、後輩社員を襲い殺した。
後輩社員は自分が殺されたことを受け入れられず、幽霊となってこの世を彷徨っていた。
この後輩社員が自分が死んだことを自覚した時、理不尽に殺された恨みから見上げ入道となるのだ。
イツキの心当たりというのは、連続失踪事件の犯人はその見上げ入道ではないかということだ。
見上げ入道に殺された人間は、その恨みから見上げ入道になる。そして生前最も恨んでいた相手を襲い殺す。
その恨みの連鎖が再び始まってしまったのではないだろうか。
イツキは唇を噛み締めた。
「殺しの連鎖を止めるためには、見上げ入道が呪い殺したい相手を俺たちが先に見つけて、そいつを殺すしかない」
とうに覚悟を決めている者の響きだった。
イツキとホノカは、失踪事件の多発している住宅地を調査してすぐに違和感を覚えた。
「何の匂いも残ってないです。ここを魔物が行き来していたら分かるはずなんですが……」
ホノカが怪訝そうに辺りの気配を探った。
と、そこに近所の小学生が三人通り掛かった。
「あ、イツキさーん。ホノカさーん」
顔馴染みのイツキたちの名を呼びながら、ランドセルをカタカタ鳴らして駆け寄ってきた。
子供たちはわっと集まって、シベリアンハスキーに化けているホノカをわしゃわしゃ撫でた。
ホノカがぶんぶん尻尾を振った。
イツキは元気が良すぎる小学生たちに苦笑して、「日が落ちる前に帰れよ。最近この辺り危ないからな」と呼び掛けた。
小学生三人組は何を思い立ったのか、路地に横並びになって溌溂と叫んだ。
「「「見上げ入道、見越したり!」」」
そして、雛鳥のように口々に訴えた。
まとめると、この街には失踪事件以前に、見上げ入道の噂が出回っていたそうだ。
ある男性会社員が見上げ入道に呪い殺され、彼もまた見上げ入道となったがそれを自覚できなかった。
男性は同僚の女性と結婚したが、二年目で自分が見上げ入道であることを思い出した。
恨みを当たり散らし、妻を殺してしまった。
だが、妻は見上げ入道にならなかった。彼女は男性がこの世のものでない妖怪だと知りながら結婚したのだ。
彼女は見越していた。自分がいつか殺されることを。
つまり、恨みの連鎖は既に堰き止められていたのだ。
「見上げ入道はいないよ!」
「だってもう見越しちゃったもん」
「これにて、事件解決!」
イツキははっと閃いて、ホノカを振り返った。
「俺ら、勘違いしてたかも」
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