跋 お茶会
広く大きな屋敷の中心にあるリビングルームで、メルと
冬華はコーヒーを、メルはチョコレートを夜のおともに従えている。
普通の人間であれば、ぐっすり眠っている時間だが、人ならざる者であるメルも冬華も人間ほど睡眠を必要としていない。
「ねぇ、メルちゃん。実は一つ訊きたいことがあるんだけどいい?」
冬華は淹れたてのコーヒーをすすりながら、尋ねた。
「なんだい? ボクに答えられることならなんでも聞いておくれ」
訊かれたメルは、大好物のチョコレートを頬張りながら、質問に応じる。
「それじゃ、遠慮なく!! 私ってさ、人間じゃないんだよね? それなら私はいったいなんなの?」
「なかなか難しい、哲学的な質問だネ。キミを組成した魔法の性質からいって、生物であることは確かだヨ。でも、キミの言うとおり人間じゃない。そうだなぁ〜……ホムンクルスっていうのが一番的確な表現じゃないカナ」
「ホムンクルス……?」
「そう。平たく言えば、錬金術で生み出される人造の人間だヨ。つまり、
メルは大学教授のように指を立てて説明する。魔法についての解説だからか、いつもよりも得意げだ。
「ふ~ん……そっか!! ホムンクルスねぇ〜」
ホムンクルスだと言われて、どのような感想を持ったのかは分からないが、ゆっくりとコーヒーをすする姿はそれまでとなんら変わりはない。特に動揺などはしていないようだ。
自分が何者であってもそれまでの生活が変わるわけではない、と割り切っているのかもしれない。
「……あ、それともう一個いい?」
冬華は、コーヒーカップをソーサーに乗せるのとほぼ同時に話題を次へ移す。
「一つじゃなかったの? まぁ、夜は長いからネ。かまわないヨ」
少し呆れたような表情を浮かべているが、むしろ喜んでいるようだ。それまで一人で夜を過ごすことが多かったメルにとって、夜の話し相手はありがたいものだった。
「私は、本当にハルと
「……というと?」
「ハルが、私の周りに流れる時間をゆっくりにしてくれたじゃない? あのとき、魔法をかけてもらってすぐは、すっごく動きが重たくなったんだよ。でも、メルちゃんに背中を押してもらったら元に戻ったの。それで、メルちゃんが白い鳥に魔法をかけてるところを見て、あ、私のときと同じだって思ったんだよね」
「気づいてたのかい? 実は、キミをもとどおりにするには、
メルは再び人差し指を立てながら説明を始める。
「そうだねぇ~。ゆっくりしか動けなかったよ」
真面目な生徒となった冬華は、大好物のコーヒーをすする。
「そうだろう? だからサ、そこは魔女であるボクの出番ってわけ。時を司る
「やっぱりメルちゃんだったんだね。もちろん感謝してるよ!」
冬華の言葉にメルは満足そうにうなずく。
「だけどネ、ボクにも打算ってものはあるヨ。初めからボクがなんでもかんでもやっちゃったら、ナオは仕事をしなくなっちゃうかもしれないだろう? ナオには、もっともっと自信をもって仕事をしてもらわなきゃいけないからネ。チョコレートのためにもサ。だから、ボクが手助けしたことは、ナオには内緒だヨ」
「分かってるよ。言わないから大丈夫。でもさ、パパの魔法をそっくりそのままハルに渡してれば、そんな苦労はいらなかったんじゃないの? メルちゃんが回収すると魔法が弱まっちゃうけど、弱めずに返すこともできたんでしょ?」
「本当はボクもそうしたいところなんだけどネ。さっき言ったようにボクは時を司る魔女。時間操作系の魔法しか、自由に形を変えることはできないんだヨ。だから、錬金術系の重彦の魔法はボクが回収すると必ず弱まっちゃうのサ。管轄外ってやつなのカナ」
「なるほどね〜。じゃあどうしようもなかったんだね」
「そうだネ。あ、今の話もナオには内緒にしておいてヨ」
冬華とメルはいくつか二人だけの秘密を分かち合って、ほくそ笑んだ。
「あ、それから、もう一個。いい?」
申し訳なさそうに両手を合わせる冬華に、メルはやれやれと思いながらも仕草だけで「どうぞ」と答える。
「ごめん、ごめん。これで最後だから。メルちゃんはさ、人間は魔法を所有するべきじゃないって思ってるんだよね? 魔法を所有し続けて、これから人間はどうなっていくと思う?」
それまでの質問と違って、答えるまでしばらく間があった。
答えあぐねているのか、そもそも答えたくない質問だったのかが分からず、冬華も黙ってしまう。
手持ち無沙汰になってコーヒーを二度、三度すするとカップは空になった。それを待っていたかのようにメルはゆっくりと口を開く。
「何も変わらないと思うヨ。これまでどおり、いつもどおりの生活が続くのサ。きっとネ」
やけに真剣な表情と口調が、言葉に信憑性を持たせる。どこか残念そうな言葉は、諦めのように思えた。
メルは、
不自然にできた空白。あれは明らかに人為的にできたものだ。もっと分かりやすく言えば、誰かが重彦から魔法を抜き取った
犯人を突き止めたい衝動に駆られるのと同時に、突き止めなければならないという不思議な使命感が生まれる。
だが、焦る必要はない。
手に持っていた溶けかけのチョコレートを口にめがけて放り投げる。苦くて甘い矛盾した風味がメルの口いっぱいに広がった。
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