第3話 姉の行方調べ

 春華はるかは、魔法庁からの通知の意味を理解していなかった。


 それが届くということは、そこに書かれた者の死を意味する。

 魔法庁の管理は絶対で、間違いはありえない。だから、通知に名前が書かれている以上、十時重彦とときしげひこなる人物が死亡したことは間違いのない事実だ。


 そんなことを直人なおとは丁寧に説明した。なるべく感情を表に出さないように。変な同情心を生まないように。そんな風にして説明をするのは、職業柄あまり難しいことではない。


 春華はすべてを聞き終えると、しばらくの間黙って目を瞑った。たったそれだけで気持ちの整理ができたとは言えないが、一応の事実を理解し、受け止めることはできた。


「父が死んでしまったということは理解しました。まだ信じられませんが、先生がおっしゃることが事実で、間違いないだろうことも分かりました」


「思ったよりケロッとしてるネ。もっと取り乱すかと思ったヨ」


「数日戻らない時点で、何かトラブルがあったと想像できます。もちろん望んだわけではありませんが、可能性としては、そういうこともあると思っていました」


「その上でもう一度言うよ。俺は君のお父さんの魔法相続手続きを引き受けることはできない。俺にできるのは、君のお姉さんを一緒に探してあげることだけだ。それでもいいね?」


「はい。構いません。もともと私は魔法相続というものが何なのかよく分かっていません。父のことは残念です。死んでしまったその理由など確かめたいことはたくさんあります。でも、その全部を先生に頼るわけにはいきません。姉の捜索を一緒にしていただけるだけで十分です」


「お姉さんを探す過程で他のことも色々と明らかになるかもしれない。いずれにしても、まずは手がかりをあたろう。……ということで、君の家に案内してもらうことはできる?」


「はい、もちろんです」


 春華は涙で潤んだ碧い瞳で直人とメルを見つめ、大きくうなずいた。




 二人と一匹が連れ立ってやってきたのは、島の中でも見晴らしのいい高台だった。


 そこには町一番といっても過言ではない豪邸が建っている。黒く立派な門扉から玄関までは、かなりの距離があった。さすがに車で移動、とまではいかないが、それにしても豪邸に変わりはない。

 春華は、そこで父親と姉と三人で暮らしていると言った。『暮らしている』と現在進行形で言ったのは、春華がまだ父親の死を完全には受け入れることができていないあかしだ。


「どうぞ。上がってください。あまり片付いていないので、お恥ずかしいのですが……」


 あまりの大きさに驚いていた直人は、春華に促されて屋敷内に入る。

 メルはというと春華の腕にぬいぐるみのように抱かれていた。直人の事務所を出るときにつかまったのだ。


 入ってすぐの玄関には立派な置物や、とてつもない価値であろう大きな絵画が飾られていた。


「ほえ〜。春華のうちってお金持ちなんだネ〜」


 メルはようやく春華から逃れる理由を見つけたとばかりに屋敷内に飛び込んで、そこら中を飛び回る。

 春華は、空いた両手で直人のために静かにスリッパを用意する。そのスリッパも屋敷に負けず劣らず、見るからに高級そうな革張りのものだった。


 春華に案内されるがままに通された応接室は、直人の事務所と同じくらいの広さがあった。


「ナオぉぉおぉ。応接間のくせに、ボクらの事務所より広いヨぉぉ……。ここを事務所にさせてもらっちゃおうヨ」


「バカなこと言うなよ。……まぁ、確かにびっくりするぐらい広いけどな……」


「私は全然かまいませんよ。先生とメルちゃんさえ良かったら、いつでも使ってください。来客はほとんどありませんし、万が一あっても、他のお部屋に通せばいいだけですから」


 大真面目に言う春華にすがりつこうとするメルを、直人がすかさず止める。長い尻尾をつかまれたメルは「ぐふっ」と小さく声をあげて、涙目で直人を見た。

 直人はそれを無視して、春華の家を訪れた目的を果たす。


「冗談はともかく、お姉さんの手がかりをあたろうか。俺たちがここに来たのはお姉さんを探すためで、新しい事務所候補を探しにきたわけじゃないからね」


「冗談……って、何がですか……?」


 春華は、大真面目だ。


「あ、いや、うん。とにかく、お姉さんの手がかりだよ」


「そうですね。姉の手がかり……と言われましても……何が手がかりになるんでしょうか」


 まだ多少腑に落ちていない様子ではあるが、頭を切り替えて答える。少しとぼけたところはあるが、気持ちの切り替えはすこぶる早い。春華の長所と言っていいだろう。


「例えば、君のお父さんの魔法籍マジカルレジスターが分かれば、お姉さんの生死が分かるはずだよ」


「あ~、確かにそうだネ。どこにいるかまでは分からないけどサ。生きているか死んでいるかは分かるヨ」


「それってどこにあるんですか?」


「魔法庁だヨ。ボクが取ってくるんだ。そのためには重彦の名前、生年月日、それから暗号情報クリプトグラフィが必要だヨ」


「名前と生年月日は分かりますが、暗号情報クリプトグラフィ? というのは……よく分かりません」


「簡単に言うと、その人が所有する魔法を解析する鍵みたいなものだよ。その三つをもとに魔法庁で魔法籍マジカルレジスターを探すんだ」


「このボクがネ。だから、そのありかが分かればいいんだけど……ん? あれは、なんだい?」


 きょろきょろと当たりを見回して、何かを見つけたメルにつられて、春華と直人はメルの指さした先に目をやる。


「あれは……なんでしょうか。存在は認識していましたが、意識したことはありませんでした」


 それはどう見ても金庫だった。小さいけれど見るからに頑丈そうな金庫には、何か大切なものが格納されているに違いない。


「絶対あの中じゃない? 春華。あれの鍵を持ってきておくれヨ」


「すみません。どこにあるのか分かりません。……と言いますか、あれは鍵で開くものなんでしょうか」


 その疑問はもっともで、金庫には鍵穴らしきものが見当たらない。大きなダイヤルが付いているのみだ。


「あ~、これはダイヤル式だな。ちょっと待ってて。開けてみるから。あっ、開けちゃって大丈夫だよね?」


 当たり前のように言う直人に、春華はとまどう。金庫ってそんなに簡単に開くものだっけ? と思ったが、口にはしなかった。

 しかし、表情には出ていたらしい。


「ナオはね、根暗だから小さいころから知恵の輪とか、パズルとか、その手の遊びばっかり一人でもくもくとやってたんだヨ。そのおかげでピッキングなんて生易しいものから、こんな頑丈な金庫を開けることまで朝飯前にできるんだ。魔相士なんかやめて盗賊にでもなればいいのにネ。あ、でもそうしたらボクが困るなぁ」


 メルの説明に春華はひとまず納得する。

 それならば、とメルの説明で少しだけ気分を害した直人に金庫を開けるようお願いした。


 早速、開錠作業に取り掛かった直人だったが、春華の予想よりもずっと早く金庫を開けてしまった。

 驚いている間もなく、直人は中身を取り出して、それを春華に渡す。それは、金庫よりもやや小さい、手のひらサイズの木箱だった。


「春華。開けてみてヨ」


 促されるままに木箱を開くと、中から二枚の紙が出てきた。

 直人とメルが横からそれを覗き込む。そこには十二桁の暗号らしき文字列がニつ列記されていた。


「これは間違いなく、暗号情報クリプトグラフィだな。でも、二つある。どっちかがお父さんのものだとして、もう一つは誰のだろう」


「そんなことあとで調べればいいヨ。とにかく、どっちかが重彦のものなら、どっちも持って行って、試してくればいいだろう?」


「それもそうか。メル。行ってきてくれるか?」


「もちろんだヨ。ちょっくら重彦の魔法籍マジカルレジスターを引っ張ってくるネ」


 メルは何もない空間から万年筆を出現させ、誇らしげに春華に見せる。


「それじゃ行ってくるネ」


 メルは万年筆を背負って満面の笑みを浮かべて消えた。

 消えたかと思うと、次の瞬間にはまた同じ場所に現れる。時間にして一秒に満たない。消える前と違って、再び現れたメルは両手に巻物のようなものを抱えていた。


 それともう一つ、大きく違うところがある。それは表情だ。見方によっては、怒りともとれる感情をその顔に浮かべていた。


「……キミはいったい誰なんだい?」


「えっ? どういうことですか? 私は、十時春華ですが……」


 春華は、困惑の表情を浮かべながらも比較的冷静に答える。


「どういうことか訊きたいのは、ボクのほうサ。重彦に娘は一人しかいない。この際それはいいんだ。でもネ、魔法籍マジカルレジスターによれば、その娘の名前は十時冬華とときとうかだ。春華なんて娘はいない」


 冷たく言い放つメルに、春華は何も答えることができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る