第5話 限界集落の家
テクラに連れてこられた場所は、
道には人がほとんど歩いておらず、たまに見かける人もその全てが老人だった。いわゆる限界集落だ。
同じ島内とはいえ、普通に暮らしていたらまず訪れることはない。訪れる目的が見当たらない。
直人たちは、島内にこんな集落が存在すること自体知らなかった。
「確認してほしいものがあるって言ってたけど、こんなところに何があるっていうのサ」
メルは興味津々でテクラの周りを飛び回っている。テクラは、それを特に気にする様子もなく淡々と答えた。
「私に付いてきていただいて、見ていただければお分かりになると思います。先入観を持たれては困るので、今の時点ではいかなる情報もお伝え出来ません。……さぁ、こちらです。こちらの建物にそれはあります」
テクラが指し示したのは、
真っ先に直人たちの目を惹いたのは、屋根に開いた穴だ。直径二メートルほどの穴が開いているのが見て取れる。
「さぁさぁ、鍵は開いておりますので、早速お入りください」
テクラは、自分の家のように直人たちを招き入れる。もちろん、テクラの家ではない。では、誰の家なのか。直人たちには分からなかった。
足を踏み入れた玄関には、男ものの靴と女ものの靴が、それぞれ一足ずつ丁寧に並べて置かれていた。
「お父さんの靴……それにお姉ちゃんの靴も……」
春華は二足の靴を見て呟いた。その声は、しっかり直人とメルにも届く。
「間違いなく重彦と冬華の靴なのかい?」
春華の家での一件からしばらく経ったからか、メルの怒りはいくらか和らいでいるようだ。言葉には先ほどまでのような刺々しさはない。
「はい。間違いありません」
「……ということは、冬華はここにいるってことだネ」
メルは両手を頭の後ろで組んで、ほっと息を吐いた。楽観的なメルは、テクラがご遺族と言ったことを忘れている。
「でも、なぜ二人はこんなところに……? それに、あんな穴が開いたこの家にどうして姉はとどまっているのでしょうか……。まさか、とどまらざるを得ない事情が……」
春華は、語尾になるにしたがって声を震わせた。
直人は、盗み見るようにしてテクラの背中を見るが、テクラに変わった様子はない。聞こえなかったのか、聞こえたが気にしていないのか、その背中からは、うかがい知ることができなかった。
「まぁ、とにかく慌てずに、今はあの人の言うことに従おう」
直人は自分に言い聞かせるようにして、テクラの後に続いた。
「危ないですから、土足のまま上がることをお勧めいたします」
テクラに言われたとおりに、直人と春華は靴を脱がずに家の中に上がり進んでいく。メルは宙に浮いているから、もともと靴を履いていない。
最初こそ綺麗な床を土足で歩くことに罪悪感を覚えたが、それもすぐに消えた。家の奥のほうに差し掛かるころには、瓦礫をよけて歩かなければならなくなっていた。おそらくは、屋根に穴を開けたもののしわざで飛び散ったのであろう破片が、いたるところに散乱してる。
「この家になにがあったんだ?」
直人はテクラ以外の全員が抱いた疑問を口にする。しかし、それに応える者はいなかった。
そんな直人たちを気にすることなく、テクラは黙々と進んでいき、やがてある一点を指さして止まった。
「見ていただきたいのは、こちらです」
そこには、屋根に開いたのと同じくらいの大きさの穴が開いていた。
見上げると、天井——二階の床にあたる部分にも同じように穴が開いており、その先には屋根に開いた穴も見える。
穴を順番にたどると一直線に結ばれる。空から降ってきたものが、この家を貫いたのだとすぐに分かった。
そして、一番最後に開いたであろう床の穴のふちに人の頭と思しき物体が転がっていた。その物体はかろうじて顔だと分かる部分を残してはいるが、それ以外の、首から下は穴と同化していてその原型をとどめていなかった。
一目見て死んでいるのが分かる。
「さぁさぁ。こちらをご覧ください。間違いがないようにもっと近くで、しっかり見てください」
テクラは急かすように一番近くにいた春華の背中を押した。
春華の位置からでも、十分その凄惨さは分かっただろう。しかし、春華は目を背けることなく亡骸に近づくと、その傍らにゆっくりとしゃがみこんだ。
「お父さん……」
春華は亡骸から目を逸らすことができないでいた。
普通であれば、すぐにでも視界から消してしまいたいであろう光景だ。そうしなかったのは、この時が、父親をその目に止める最後の瞬間であると分かっていたからなのかもしれない。
「今、お父さんとおっしゃいましたね。間違いありませんか?」
テクラは、いたって事務的に尋ねた。
「はい。間違いありません」
「顔が半分潰れてますけど、本当に間違いありませんね?」
「間違い……ありません……」
覗き込むようにして尋ねるテクラに対して、春華は亡骸から目を逸らさずに答える。テクラの方を見ようとはしない。
「あなたのお父様は、十時重彦様ですね?」
「……はい。……そうです」
春華の声がだんだん小さくなる。
父親の無惨な死体を目の前にしているのだから当然だ。そんな春華にもお構いなしにテクラは、なおも問う。
「もう一度確認しますが……」
「もういいだろっ!!」
直人は我慢できずに叫んだ。その隣でメルは驚いた顔で直人を見ている。直人が誰かのためにここまで怒る姿を、メルは見たことがない。
「これは失礼いたしました。私どもの記録にある十時重彦様のデータに一部不審な点があり、万が一にも間違いがあってはいけないと思いまして。私どもの調査によりますと、十時重彦様は不幸にも数日前に落下した隕石によって、お亡くなりになったようです。おそらくは即死ですので、苦しんだりはしていないと思いますよ」
テクラはさすがに悪いと思ったのか、眉を寄せて心底申し訳なさそうにしている。しかし、その言葉はどこかずれていた。
直人は、小さくため息を吐くとその怒りを解いた。怒っても無駄だと悟ったからだ。
「あんたたち
「詳しいことは秘匿事項なので申し上げられませんが、答えはあなた自身の言葉の中にありますよ」
「つまり、この隕石も魔法とは無関係じゃないってことか? 誰かの魔法なのか? それとも、尋常じゃない天災は、人間が魔法を使用する代償で起きてるって、胡散臭いアレはあながち間違いじゃないってことなのか? 眉唾だと思ってたけど……」
「そのへんはノーコメントとさせてください。やはり……秘匿事項です」
テクラは引き続き申し訳なさそうな姿勢を崩さない。
「分かった。そんなこと教えてもらっても、得はないからな。むしろ
テクラは「どうぞ」とばかりに小さく肩をすくめた。
「あんたたちは、この場所を調査したんだろ? それなら重彦さんの他に、女の子はいなかったか? 俺たちは、冬華さんっていう女の子を探してるんだ。玄関に女ものの靴が置いてあっただろ? 玄関に靴があるってことは、まだ家の中にいるってことだ。生きてるのは間違いない」
「存じません。数日前からこちらで調査をしておりますが、そのような方はお見掛けしませんでした」
答えるテクラは、とぼけているようには見えない。そもそもそんな嘘をつくメリットがあるようには思えなかった。
直人はそんなはずはない、と思ったが、テクラの表情からこれ以上問い詰めても効果的な答えは得られないと悟った。
「それでは、私の役目は終わりましたので、これで失礼いたします」
テクラは、直人に続いてものを言いたげなメルと春華を無視して消えてしまった。なんらかの魔法だろう。
あとには二人と一匹、それと一体の亡骸が残った。
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