第4話 春華への疑惑

 魔法籍マジカルレジスターには、その者が所有する魔法の詳細な説明のほか、所有者が死亡した場合に魔法を相続する人物——つまり、受け継ぐ可能性のある人物の情報も記載されている。


 メルが取ってきた十時重彦とときしげひこ魔法籍マジカルレジスターには、十時春華とときはるかの名前は記載されていなかった。その代わりに、十時冬華とときとうかという名前が書かれている。


「いったいどういうこと? 君は十時重彦さんの娘なんだよね?」


 メルのように怒ってはいないが、直人も春華に対して、少なからず疑いの目を向けていた。魔法庁の記録が間違っていることはありえない。……となると、必然的に春華が嘘をついていることになる。


「嘘をついてるんだヨ! そりゃ、この子はとぼけたところがあるけど、自分の名前を間違えるなんて、そこまで間抜けなわけないだろう? そんなやついないヨ。ナオ、この依頼引き受けなくて正解だったネ」


 メルは、嘘を何よりも嫌う。異常なまでに嘘を嫌うメル自身は、当然嘘をついたことがない。

 しかし、あえて黙っていることはたくさんある。言う必要がある場面であえて言わないことは、嘘ではないと思っている。

 要は積極的に事実と違うことを表明するのがメルにとっての嘘であり、この世で一番嫌いなものなのだ。


 今の春華の状況は、そんなメルの逆鱗に触れた。


「ちょっと、待ってください。私はたしかに十時重彦の娘です。間違いないです。それから、そこに書かれている十時冬華というのは私の姉です。一緒に探してもらうよう頼んだ姉の名前が、十時冬華なんです」


「それじゃあ、魔法籍マジカルレジスターが間違えてるってことカナ? そんなこと絶対ありえないヨ」


「そう言われましても……」


 メルは春華の言葉を歯牙にもかけず、わざとらしく「ふんっ」と鼻を鳴らす。春華のことを完全に疑い、全く信じていない。

 一方、直人は春華のことを完全に疑っているわけではなかった。


「まぁ、待てよ。たしかに魔法籍マジカルレジスターが間違えることはありえない、と俺も思う。でもさ、春華さんが嘘をついてるとも思えないんだよな。第一、嘘をつく理由は何だ?」


「そんなの決まってるヨ。重彦の魔法が目的なんだヨ」


「重彦さんの魔法は、そんなに良い魔法なのか?」


「組成系だヨ。欲しがる奴はいるだろうネ。ほら」


 メルは直人に向かって、取ってきたばかりの魔法籍マジカルレジスターを投げて渡す。直人はそれを丁寧に広げて、魔法の詳細が書かれた部分を読んだ。



『上記の者が所有する魔法の詳細——





 術者は、自分の自然寿命と同じだけの寿命をもつ生命体を一体組成できる。ただし、術者が自然死以外の理由で死亡した場合には、その生命体は消滅する(認定レベル4)』



 重彦の魔法籍マジカルレジスターには、不自然な余白があった。余白は気になったが、とりあえずのところは無視をする。


 重彦の魔法は、記載を読む限り、組成できる生命体が一体のみであったり、組成した生命体の寿命が、術者の寿命と連動していたり制限付きだ。とてつもなく強力な魔法、とまでは言えないが、生物組成魔法自体の希少性が高いためレベル4に認定されている。

 だが、不正を行ってまで手に入れる価値のあるものだとは、思えなかった。


 直人はそのまま相続人が記載された部分にも目を通す。そこには、やはり十時冬華の名前のみ記されており、十時春華の名前は記されていない。十時重彦の相続人は、十時冬華のみで間違いない。

 仮に春華の言うことが正しければ、春華の名前も必ず載ってくる。子供は無条件に相続人となるからだ。


 春華が嘘をついていないとして、魔法籍マジカルレジスターと矛盾しない事情があるとすれば、それは春華がもらわれた子——養子である可能性だった。

 養子としての届け出もされず、ただ同居し、養育されていた子供であったなら、魔法籍マジカルレジスターに相続人として名前が載ることはない。

 

 直人は、それをそのまま春華に伝えた。


「それはありえないと思います」


 即答。よほどの根拠があると思われる答え方だった。


「どうして? どうしてそこまで断定できるの?」


「私と姉は双子なんです。私たちがその気になれば、父でも間違えてしまうほど瓜二つです。もし先生のおっしゃるように、私がもらわれた子なんだとしたら、姉もそうじゃないとおかしいです。親の違う双子なんてありえません」


 春華の示した根拠は、事実であれば直人の仮説を否定するには十分だった。

 魔法籍マジカルレジスターによれば、十時冬華は、十時重彦のと記されている。春華の言うとおり、双子の親が違うことなどありえない。


「なるほど。でも、君が嘘をついているわけじゃないことは分かったよ」


「なんでサ! 珍しく他人の肩を持つじゃないか。だいたい、なんにも解決してないし、疑惑も晴れてないヨ」


「俺の指摘に乗っかって、嘘でも自分がもらわれた子なのかもしれないと言えば、この場を切り抜けることはできただろ? でも、それをしなかった。別にあえて言う必要もない双子だってことまで明かして。だから、俺は春華さんは嘘をついていないと思う」


 直人は興奮するメルをなだめるように説明した。メルは直人の説明を聴いて、一応は納得したが、それでもまだ腑に落ちない様子で、尻尾をウネウネと所在なげに振っている。


「ありがとうございます」


 メルの興奮が醒めるのを待ってから、春華が頭を下げる。


「うん。でもメルの言うとおり、疑惑が完全に晴れたわけではないからね」


 直人の隣でメルがすかさず大きくうなずいた。


「いずれにしても、春華さんが探しているお姉さんは生きてるみたいだよ。だから、当初の目的どおりお姉さんを探そう」


 直人が優しく声をかけると、春華は再び頭を下げた。さっきよりも長く深く。その分だけ胸のチョーカーについたプレートが揺れた。


 三人は仕切りなおして、春華の姉、冬華を探すことにした。しかし、手がかりらしきものがあるわけではない。春華の屋敷を訪れて、得たことといえば春華への疑惑と冬華の生存という情報のみだ。


 さて、どうしたものかと考えているとき、屋敷のインターホンが鳴った。それはインターホンと呼ぶには、低く重厚な音だった。

 春華につられて、直人とメルもモニターに目をやる。モニターに映っていたのは、綺麗にとかしつけた金髪を肩まで伸ばした異国の女だった。


「十時重彦さんのお宅ですよね? ご遺族の方ですか?」


 春華に招き入れられると、女はその見た目からは想像できないほど、流暢に言葉を操った。

 春華がうなずくのを確認すると、女は直人やメルには目もくれずにまくしたてる。


「お連れしたい場所があります。おそらく間違いないかとは思いますが、ご遺族に直接確認していただきたいので、このあとすぐにお時間はありますか? すぐに私にご同行いただけますか?」


「あの……失礼ですが、あなたは誰なんですか?」


 いかにも機械的な女の物言いに身構えた春華は、恐る恐る尋ねる。そんな春華を見て、異国の女は初めて笑みをこぼした。


「あ~、申し遅れました。私は、魔法聯盟ボーダレス直轄の調査班サーベイに所属しております、テクラ=アレクサンダーと申します」


 当たり前のように自らをそう名乗った。

 魔法聯盟ボーダレスという組織は、その名前こそ広く知れ渡っているが、その実体を見たことがある者は少ない。

 だから、直人にはテクラが着ている魔法聯盟ボーダレスの制服が、ひどく場違いなもののように思えていた。

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