第6話 第二の島
その中には、
「東条さん。本当に大丈夫でしたか?」
「えぇ、そんなにご心配いただかなくても大丈夫ですよ。貨物室に乗るなど、むしろ貴重な体験でした。人間の姿では乗れませんからな。いやはや、長生きはしてみるものですな」
申し訳なさそうにする直人とは対照的に、行定はカラカラと明るく笑った。
さすがにそれは……と、考えた直人は、搭乗前に何度も行定に確認し、自分たちに任せて、
「やぁやぁやぁ!! やっと到着したみたいだネ。全く、あんなに大きな音を立てて、のんびり空を飛ぶ物体に頼らないと長距離移動ができないなんて、人間は不便だネ」
長旅の疲れを癒す間もなく、メルが二人と一匹を出迎える。
メルは「魔法を使えば、一瞬で辿り着くからネ」と飛行機への搭乗を断っていた。好奇心旺盛で探求心の強いメルが、普段乗ることのない飛行機への搭乗を拒否したのは、その言葉どおりに合理性を優先したからではない。
メルも見た目は動物である。
「行定はサ、物扱いされて何とも思わないの? 中身は人間なんだろう? ボクは絶対に嫌だネ」
「どうですかな。それどころではない、というのが本音でしょうな。ほかに方法があれば避けたいところではありますが、わしはメル殿のように魔法を使うことができませんゆえ。しかし、どのような方法を使ってでも、自分の身に起きたことをこの目で確かめたいのですよ」
「ふ~ん。なかなかいい目をするネ。猫の姿じゃなかったら、言うことなかったヨ」
行定の目に宿る強い意志に、メルは珍しく感心する。
「そうだ! ハルに無事着いたよって連絡しておかないと心配するよね」
一目見ただけでは決して分からないが、冬華は魔法によって組成された存在である。つまり、厳密に言えば人間ではない。そのため、身分を証明するものや、個人を識別する情報を持っていない。
より正確にいうならば、十時冬華という人物の身分を証明するものは存在するのだが、本当の十時冬華は春華の方である。
二人は時と場合によってその身分証を共有し、使い分けていた。
そのため、春華と冬華のうちどちらかしか直人に同行することはできず、
電話の向こうの春華は、いつもと変わらず淡々と冬華の報告を聞いていた。最後に「ウカちゃん、お土産は絶対に忘れないでね」と強く念を押す時だけ声に力がこもる。
「それで、まずは何をするの? 何か情報は掴めた?」
春華との電話を終えた冬華が、メルの顔を覗き込む。
一足早く
「まぁ、港は覗いてみたヨ」
「それで何か分かったのか?」
「なぁ~んにもっ!!」
実のところ、メルはほとんど情報収集を行っていない。到着直後こそ、その好奇心から色々と覗いてみる気概を見せたのだが、大好物である茶色い塊を見つけてからは、当初の目的を完全に忘れていた。
その証拠が口の周りにしっかり付着している。
「お前、チョコレートばっかり食って、何もしてなかったろ!!」
直人の怒声が飛ぶ。
当のメルはというと、頭の上で手を組んでふわふわと浮かび、悪びれた様子はない。
「魔女であるボクが答えを見つけるのは簡単だヨ。でも、キミたちはそれでいいのかい? ボクが用意した答えに飛びついて、「飛行機に乗ってる間に解決しちゃってましたぁ~」って。行定。それでいい?」
メルの屁理屈じみた言い訳に行定は首を横に振った。
「わしは、自分の目で確かめたいですな。誰かに見つけてもらった答えではなく、自らの目で、その答えを見つけたい。もちろん、わし一人では到底見つけられませぬゆえ、みなさんのお力を借りることにはなりますが……」
「うん、うん。いい心構えだネ。ほらネ? 依頼人がこう言ってるんだ。ボクはネ、依頼人の意思を尊重しているんだヨ。だから、文句を言われる筋合いはないネ」
まんまとメルに言いくるめられる形となったが、どっちみち地道な調査をするつもりでいる直人は、それ以上深く追及することをやめて頭を切り替える。
「それじゃあ、まずはどこに向かうか……」
「それなら、港にある市場に向かうのがいいんじゃないカナ?」
元気よく答えるメルの瞳には、少し前に食べた
♦
空港からタクシーを利用して到着した港の市場は、潮の香りと喧騒に包まれていた。
ごった返しているのは人だけではない。打ち上げられる魚が目当てなのか、たくさんの猫の姿もあった。
「うげぇ~。やっぱり猫がいっぱいいるじゃないか!!」
猫を嫌うメルは、行定がいるのもお構いなしに思ったことをそのまま口にする。その手には、錨型のチョコレートが握られていた。市場に到着して、早々に購入したものだ。
「こうもたくさん猫がいたんじゃ、ボクの気が休まらないヨ」
心底辟易した精神状態をチョコレートによって、辛うじて通常どおりに保っているとでもいうように一言喋るごとに茶色い錨を口に運ぶ。
「どうして、そんなに猫が嫌いなんだ?」
直人が率直な疑問を向ける。付き合いの長い直人だが、メルの猫嫌いは行定が現れるまで知らなかった。
「別に猫そのものが嫌いなわけじゃないヨ。あの造形が嫌なのサ。まぁ、説明するのもめんどくさいから、猫が嫌いってことでいいんだけどネ」
「造形って。猫ちゃん、めちゃくちゃカワイイじゃん。メルちゃんもカワイイけど、猫ちゃんだって負けないくらいカワイイのに……。あっ!! さては、同族嫌悪?」
冬華の推理にメルはため息で答える。
「はぁ~。冬華は鋭いのか、当てずっぽうがよく当たるだけなのか分からないネ」
そう言って、チョコレートを口に運ぼうとしたところで、メルの手から茶色い錨が消えた。
「なっ!!!?」
突然、大好物が手の中から消えたメルは軽いパニックを起こして、何度も手のひらに目をやった。しかし、いくらのぞき込んでも、そこにはもうチョコレートはない。
手のひらにないと分かると、今度は直人に疑いの目を向ける。疑われた直人は即座に無実を訴えた。
「俺じゃない、俺じゃない。あの猫……じゃないか?」
直人が指し示した先には、一匹の黒猫が行儀よく座っていた。どこか上品な雰囲気をまとう一風変わったその猫は、挑発するように茶色い錨を咥えている。
そして、メルの視線を受け止めるのを待ってからゆっくりと、見せつけるように錨型のチョコレートを胃袋に収めた。
チョコレートを一飲みした黒猫は、味わうそぶりも見せず背中を向けて雑踏の中へ歩み出す。
誰もが、メルが激怒し、黒猫にとびかかる姿を想像したが、そうはならなかった。メルは思いがけないものを見つけたというように、呆然とその姿を目で追う。
「あいつめ……。追いかけよう。その先に目的のものがあるヨ」
いつになく声のトーンを落としたメルの一言に反対する者はいない。メルの身体はというと、湧き上がる怒りに震えていた。
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