第13話 完全におしまい
「ボクに触るときは、一言断ってから触ってヨネ。それがマナーってもんだヨ!」
いくらか警戒しながらも三人と同じ目線まで降りてきたメルは、人差し指を立て反対の手を腰に当てながら、
冬華の方も、申し訳ないことをしたという気持ちはあるようだが、今まで見たこともない生き物を目の前にして、好奇心が完全には抑え切れていない。
碧い瞳がキラキラと輝いていた。
二人は本当に良く似ており、一見しただけではどちらが春華で、どちらが冬華か見分けがつかない。
しばらく観察すると、表情があまりなく何を考えているのか分からない方が春華で、対照的にころころと表情が動き、感情がそのまま顔に表れている方が冬華だと分かる。
その他で二人を見分ける方法があるとすれば、髪型と服装くらいのものだろう。
春華は、比較的地味な色の服を好んで着ており、長い髪をくしでとかしただけの飾り気のない髪型をしている。一方の冬華は、どちらかというと女の子らしく可愛らしい服を着ていて、春華と同じくらいの長さの髪を雪の結晶の形をした髪飾りを使って耳の上あたりで束ねていた。
「とりあえず、無事冬華さんが戻って良かったよ。とは言っても、記憶とかその辺でいろいろ確かめなきゃいけないこともあるし、伝えなきゃいけないこともあるよね?」
全員が落ち着きを取り戻すのを待って、
冬華を組成することはできたものの、見た目だけ冬華であっても、その性格や記憶まで、そっくりそのまま以前の冬華と同じでない限り、完全に冬華を取り戻したとは言えない。
性格の方は春華の様子から問題なさそうだが、記憶はなんとも判断しがたい。春華のことを瞬時に認識していたことから、大きな欠落はなさそうだが、細かいところまでは分からない。
直人はまず最初に、これまでの経緯を説明しようと提案した。ひとつひとつ丁寧に、かつ簡潔に説明する。
冬華は真剣な表情で、ときおり質問を交えながら、直人の説明を一言一句聞き逃さないよう、食い入るように聴いていた。
重彦の死亡を伝えたときには、大きなショックを受けたらしく言葉に詰まって、静かに涙を流した。その姿は春華によく似ていた。
冬華の寿命の問題を残して、ある程度の状況を説明し終えると「ぐぅぅぅ~」と誰かのお腹が鳴った。すぐにお腹を押さえたから、犯人はすぐに分かる。メルだ。
「メルちゃん、お腹すいちゃいました?」
春華がメルを気遣う。
ごそごそとカバンを探ると、小さな包みをいくつかとりだした。その瞬間メルの目には小さな星が散って、春華の持つ包みにくぎ付けになる。
すんすんと鼻を鳴らして徐々に春華に近づいていく。よく匂いを感じられるように、目は閉じられていた。そして、確信を得ると閉じていた目をカッと見開いた。
「それって、チョコだヨネ!?」
返事を待たずに春華の手から包みを奪い取ると、あっという間に腹の中に収めてしまった。
「まだまだありますから、遠慮なく言ってくださいね」
春華がそう言うとメルは「きゅぅぅぅぅう」と、サルのような声を出して、春華にしがみついた。
直人は、初めてメルをサルみたいだなと思ったが、自分までこの雰囲気に引っ張られてはならないと気を引き締める。
緩み切った空気を引き締めるため、二度手を打った。
再び全員の視線が直人に集まる。直人は、ずれてもいないメガネをクイと上げると一度咳ばらいをした。
まだ、重要な話が残っている。
「続きを話してもいいかな?」
確認するように全員の顔を見る。皆一様に真剣な表情に戻ったのを見て、直人は満足した。
「それで、重彦さんの魔法を春華さんに相続させて、冬華さんをその……取り戻したわけなんだけど」
『組成』という言葉を本人に直接ぶつけることに抵抗を覚えて、直人は一瞬言葉に詰まる。冬華はそんな直人の
「無理して取り戻すなんて言わなくても、組成で大丈夫だよ。パパから聞かされてるから。ハルも、もう知ってるんだよね? 本当はハルの誕生日に、ママの魔法と一緒に教えるつもりだったの」
あっけらかんとした冬華に、直人は胸をなでおろす。
自分が組成物だと知った時は、おそらく途轍もないショックを受けたことだろう。それがいつのことなのかは分からなかったが、今は受け入れ、乗り越えているようだ。
「そうか。それなら話は早い。重彦さんの魔法のことは、ある程度分かっているってことだよね?」
冬華はうなずいて肯定の意を表する。メルと春華は、邪魔にならないように静かに見守っていた。
「冬華さんを組成したのはいいんだけど、一つ大きな問題があるんだ」
「問題って?」
冬華が人差し指を頬に当てて首をかしげる。
「俺が手続きをすると、魔法の効力が弱まっちゃうことがあるんだ。それで、今回はその場合に該当してしまっている。端的に言うと、今のまま放っておくと君は四年しか生きられない」
「そうなんだぁ~。四年は短いねぇ」
思いのほか、明るい声に直人は驚く。
「そうなんだぁ、って。……その……ショックじゃないの?」
「そりゃあ、ショックだよ。でも、直人は「今のまま放っておくと」って言ったでしょ? ってことは何かいい打開策があるんじゃないの?」
そのとおりではあるが、予期せぬ信頼に直人の身は引き締まる。春華もそうだが、この姉妹は、最初から直人に絶大な信頼を寄せている。
「あるよ。だから、俺に任せてほしい」
直人はその信頼に応えるべく、なるべく堂々として見えるように振舞った。自分の態度で、冬華を不安にさせたくなかった。
「うんうん。やっぱりね~。それで、その方法っていうのは?」
「
ふんふんと鼻をならして納得した冬華は、春華に向かって「じゃ、やっちゃって!!」と明るく声をかけた。
その言葉を合図にして、重彦の魔法を相続させた時と同じように直人が書類を作成し、メルが魔法庁に届ける。そして、魔法所有者のデータが書き換わったことを確認すると、新たに
そして、ゆっくりと春華の頭に手を乗せると「はい、おしまい」と言って、微笑んだ。
「それじゃ、春華。さっきと同じ要領で、今度は冬華の周りの時間が遅くなるイメージを強く想い描いてみてヨ。時間を止めるくらいのイメージでいいかもしれないネ」
春華は言われたとおり、冬華の周りだけ時間が止まるイメージを創った。
先ほど冬華を組成した時よりもイメージがしにくい。時間というものをイメージしたことがないからだ。
冬華を組成したときよりも時間がかかる。
何も起こらずに、ただ時間だけが経過する。直人や冬華が本当に大丈夫か? と思い始めたころ、冬華の輪郭をふちどるようにして空間が歪み始めた。
冬華は、自分の身体を確かめるように動かしていたが、その動きが徐々に緩慢になる。冬華をふちどっていた空間の歪みが、冬華の輪郭とぴったり同化したとき、冬華はスローモーションのように、ゆっくりじわじわとしか動けなくなっていた。
心配になった直人が身を乗り出すのを制して、メルが春華の背中をそっと叩く。
「もう終わったヨ。大丈夫。ちょっと待っててネ」
春華から離れて冬華の元に近づいたメルは、冬華の背中にもそっと手を置いて、その背中を前に押し出した。すると、スローモーションだった動きが少しずつ早くなり、やがてさっきまでと変わらない冬華に戻った。
「はい、これで完全におしまいだヨ」
メルは全員に向けてブイサインを作って、一度宙返りをすると、いつの間に手に持っていたのか、チョコレートの包みを開けて機嫌よく口に放り込んだ。
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