第11話 最上位クラス


『上記の者が所有する魔法の詳細——術者は、対象(生物に限る)の周りに流れる時間を止めることができる(認定レベル5)』



 重彦しげひこ魔法籍マジカルレジスターに比べるとシンプルで短く、不自然な余白もない。

 本来は唯華ゆいかのもののように、余計な余白などないはずなのだ。

 ものにもよるが、シンプルなのは、その魔法の性質に制限が少ないことを意味している。さすがは、認定レベル5といったところだろう。


 唯華の魔法は、時間操作系の魔法の中でも最上位クラスと言って間違いなかった。


 しかし、その最上位クラスの効力が、今はあだとなる。


「これじゃ、ダメだ……」


 周りに流れる時間を止めることは、その生物を殺してしまうことに限りなく等しい。厳密に言えば、対象が死んでしまうことはない。魔法を解けば、また何事もなかったかのように動き出す。

 だが、それでは、直人や春華が望むものは得られない。冬華とうかの剥製を創るだけでは意味がないのだ。


 唯華の魔法はレベル5なだけあって、強力だ。しかし、問題を解決するには強力すぎた。


「何をそんなにショックを受けているんだい?」


 そんな状況でもメルだけは、いつもどおりだった。自信に満ちた顔を直人に向ける。


「何をって、唯華さんの魔法は強力すぎる。これじゃ冬華さんを救えない」


「ナオは、バカなのカナ? 唯華の魔法はレベル5なんだよネ? なら、ナオが魔法相続の手続きをやったら、効力が弱まるんじゃないのカナ?」


 メルは「ぬふふふふふ」と気持ちの悪い声で笑いながら、直人なおとに迫った。


「それは……たしかに!!」


 下を向いていた顔を上げる。もふもふの毛が触れるほどの距離にメルの顔があるが、気にならない。


「……でも、三割か。低いよな……」


「ナオ~。昨日は、三割は低くない確率だって言ってなかったカナ?」


 じっとりとした目で、直人をにらむ。

 立ち位置によって、見え方は変わる。それが起こって欲しいか起こってほしくないか、そんなことに関係なく確率はどちらも平等に三割だ。


「どっちにしたって、試すしかないよネ?」


「そうだな。お前の言うとおりだ。効力が弱まるのか。弱まるとしたらどんな風に弱まるのか。すまないが、また見てきてくれるか?」


「その必要はないヨ」


 メルは、チッチッチと指を振る。


「なんでだよ!?」


「それはネ、ボクが魔じ……」


「それはもういいって。頼む! 見てきてくれ」


 直人はメルの言葉を遮るようにして、両手を顔の前で合わせて拝む。


「分かったヨ。そうじゃないとナオの気が済まないんだネ? こんなに一生懸命なナオは珍しいし、今回は言うとおりにしてあげるヨ」


「チョコの貸しはもう返してもらったのに、すまないな」


「まぁいいヨ。ナオには他にも大きな借りがあるからネ」


 直人に思いあたるものはなかったが、せっかくやってくれると言うのに、水を差す必要もないと思って黙っている。


「それじゃあ、ちょっくら行ってくるヨ」


 メルはいつものセリフを言って、敬礼のポーズをとるとそのまま消えた。

 例のごとくメルは一瞬で戻ってくる。ほぼ、同じ場所に戻ってくるから、少し長めのまばたきをしているとメルが消えたことに気が付かないだろう。


「今度もバッチリ!」


 空中で宙返りをしながら、ブイサインを作る。直人は器用な奴だと思いながら、完全には安心していない。

 メルの「バッチリ」と直人の「バッチリ」には、しばしば差があるからだ。

 それは意識の差かもしれないし、そもそも人間である直人と、人ならざるメルという種族の差から来る違いなのかもしれない。いずれにしても、メルの「バッチリ」が本当に「バッチリ」なのかは、その言葉だけでは分からない。


「具体的には、どうだったんだ?」


 前のめりになる直人から離れて、メルは腕を組む。


「うん。効力は弱まるヨ」


 メルは当たり前のように答えた。

 直人は、三割の割にはやけに引き当てるな、と疑問に思ったが、この際、確率などはどうでもいい。

 問題は、効力が弱まることで直人や春華はるかが求める結果が得られるか、だ。それは、冬華とうかを元通りにすること。完全にとは言わないまでも、できるかぎり今までどおりの冬華を創り出すこと。それが叶えば、それ以外はどうでもいい。


「それで、どう弱まるんだ? 冬華さんをなんとかできそうなのか?」


「できるんじゃないカナ? 唯華ゆいかの魔法は、簡単に言うと『時間の流れを完全に止める』だったよネ? それが、『時間の流れを遅くする』になるみたいだヨ。二十分の一くらいには遅くできるってサ」


「二十分の一っていうと、四年が八十年になるってことか?」


 メルの言葉に従えば、唯華の魔法は直人が相続手続きをすることで、『時間の流れを遅くする魔法』に変化する。

 いつも効力が弱まるのを嫌悪していた直人だが、この時ばかりは大歓迎だった。


 冬華と春華は十八歳だ。八十年後は九十八歳になっている。春華の寿命は分からないが、春華が先に死なない限り、九十八歳まで春華と冬華は一緒にいられるということだ。九十八歳で別れは来るが、世の中に数多ある死別と大差ない。


「つまり……どういうことですか?」


「つまり、キミと冬華は死ぬまで一緒ってことだヨ」


 メルは親指を立てながら春華に近づくと、目の前をふわふわと漂った。

 春華はそれを目で追いながら、一応うなずいてみせる。細かいことは分からないが、直人やメルの様子から春華や冬華にとっていいことなのは分かった。


「メル。もう一度確認だけど、時間を止めることはできなくなって、流れる時間を二十分の一の速さにするだけなんだよな? 他に効力の変化はないな?」


「ないヨ。それだけ。安心していいヨ」


 それを聴いて直人は安心する。そして、かしこまって春華に向かった。仕事モードに切り替えて話し始める。


「春華さん。君の依頼を受けられないと言ったこと、まずはこれを訂正させてください。春華さんさえよければ、お父さんの魔法相続を俺にやらせてください」


 直人は、丁寧に頭を下げた。


「あの……よく分からないこともたくさんありますが、先生を信じています。ですので、よろしくお願いします」


 春華も直人につられて、かしこまった様子で頭を下げる。


「ありがとう。それじゃあ、手続きの説明をするね。まずは、お父さんの魔法を相続させます。それから、続けてお母さんの魔法も相続させることになります」


 春華が話を理解できているか確認するため、一度言葉を切る。春華は真剣なまなざしで直人を見つめていた。

 直人が確認するようにうなずくと、春華もそれにあわせて小さくうなずく。


「それで、ここからが重要なところなんだけど、俺がレベル4以上の魔法を取り扱うと、どういうわけかその魔法の効力が弱まってしまうんだ。具体的には、お父さんの『自分の自然寿命と同じだけの寿命をもつ生命体を一体組成できる』という魔法が『寿命四年の生命体を一体組成できる』になってしまう。お母さんの魔法は『時間を止めることができる』というのが『時間を二十分の一の速さにできる』になる」


 確認するようにメルを見ると、メルは親指を立ててうなずいた。


「どちらも君に相続したうえで、君はまずお父さんから受け継いだ魔法で冬華さん組成するんだ。そのあと、お母さんの魔法で時間の流れを遅くしてあげれば、理屈の上では冬華さんは九十八歳まで生きられる。簡単に言うと、何の心配もなく今までどおり冬華さんと君は暮らしていけるってわけだよ」


 直人の丁寧な説明に納得した春華は、碧い瞳をキラキラ輝かせた。


 直人もメルも、春華の表情が晴れるのを見るのは、これが初めてだった。

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