第10話 唯華の魔法
「すみません。母の生年月日は、分かりません」
翌日、
春華は、
期待を裏切られる形となった直人だが、簡単にあきらめることはできなかった。どうにかして、唯華の魔法の詳細を知る方法はないかと考える。仕事の一環だと思えばなんてことない、と無理やり自分に言い聞かせていた。
春華のように、故人の生年月日を知らないというのは珍しいケースだが、
普段の仕事であれば、必要な情報を依頼者が知らないからといって投げ出したりはしない。どうにかして調べる。
たいていは、
ただ、生年月日となるとそういう保管の仕方はしていないだろう。そもそも保管をするようなものではない。身近な人間なら当たり前に知っている情報だ。
もっとも、唯華の場合には本名を偽るほど、魔法を奪われることを警戒している。だから、生年月日についても安易に人に話したりはしていないだろうと予想できた。
重彦は、当然知っていただろうが、どのように記録していたのだろう。
もちろん、忘れないように記憶に刻み込んでいただろうが、万が一忘れることだってないとは言い切れない。それに今回のように不慮の事故で死んでしまうこともあり得る。そういう場合に備えて、何かしら記録をつけているはずだ、と直人は考えた。
その何かを探すことに意識を切り替える。
「春華さん。家の中を色々調べさせてもらってもいいかな?」
唯華の生年月日を知らないと答えてから、ずっと黙っていた春華は、声を出さずに小さくうなずいた。その表情は相変わらず乏しく、本心を垣間見ることはできない。動きから何となく元気がないのだろうと分かる。
一応の許可を得た直人とメルは、屋敷を荒らすことがないよう慎重に、けれど確実に目的のものを見つけるため、ある程度大胆に屋敷の捜索を開始した。
この手の捜索で先に手柄を上げるのは、だいたいメルの方だった。しかし、小一時間かけて、ひととおりの捜索を終えたメルは、なんの手がかりを得ることもできなかった。
直人の方も別の場所を捜索しているが、何かを見つけたという声は上がらない。
「生年月日って普通は身分証とかに書いてあるヨネ? なんでそれも見つからないのサ!」
メルは、この大捜索に飽きはじめている。
「すみません。母が亡くなったのは随分昔のことで、母に関するものは父が処分してしまったらしいので……」
「別にキミを責めてるわけじゃないんだけどサ。何かそれっぽいものに心当たりはないわけ?」
「……ありません。本当に申し訳ありません」
春華がもう何度目になるかも分からない謝罪のために頭を下げると、首に巻いたチョーカーのヘッドが揺れる。そこに書かれている文字がメルの目にとまった。
「ちょっと!! それ、見せてヨ」
春華は、メルが言う「それ」が何を指しているのか分からず、きょろきょろと当たりを見回す。
「その首のアクセサリーだヨ!」
そう言われてようやく首のチョーカーを指していると理解した春華は、首の後ろに手を回して留め具を外した。そして、丁寧に自分の手に乗せてメルに差し出す。
「これって、もしかして重彦からもらったもの? それとも唯華の形見か何かカナ?」
ある種の確信をもってメルは尋ねた。
「父からもらったものです。いつも物は大切にするように言う父でしたが、それは特に大切にするように言われていました」
そこには洒落たフォントで、六桁の数字が刻まれていた。
——070504——
「そうだろうネ。これはきっと、唯華の生年月日だヨ」
一見すると洗練されたデザインのそれは、意味のある数字とは思えない。しかし、メルはそれを唯華の生年月日であると断言した。
「唯華の生年月日はきっと、魔法歴七年五月四日だネ。これと前に見つけた
満足そうなメルを春華は、ただただ見つめている。
「そうそう。それからネ。ナオがあんなに一生懸命なのは、珍しいことなんだヨ。仕事だって、いつも嫌々って感じなんだから。本人はバレてないつもりらしいけど。キミにシンパシーを感じているのかもネ。もしかしたら、コイゴコロかもヨ」
耳打ちするように言うと、春華はかすかに微笑んだように見えた。メルは、満足そうにそれを確認すると直人を呼び寄せた。
「ナオ。唯華の生年月日が分かったヨ」
聞かされた言葉に直人は驚いていたが、事情の説明を受けると可能性は十分に考えられると納得したようだった。
「それじゃ、情報は全部そろったってことだよな?」
「うん。またボクが見つけたネ。ナオは、本当にもの探しが下手くそだなぁ」
誇らしげに尻尾がフリフリ動く。
「この際、見つけてくれたから何も言わないよ。それじゃ、メル。早速で悪いけど、取ってきてくれるか?」
メルは待ってました、とばかりに何もない空間から万年筆を取り出すと、それを両手で抱えた。
「あの……」
春華が遠慮がちに声をかける。直人とメルは同時に春華を見た。
考えてみれば、唯華の魔法を相続するかどうか、重要な意思の確認を行っていない。もしかしたら、会ったこともない母親の、得体の知れない魔法を受け継ぐなどしたくないのかもしれない。
「その万年筆は、どこから出てきているのでしょうか?」
「なんだそんなことか。そんな得体の知れない魔法は受け取りたくない〜!! って言うかと思って、心配したヨ」
メルはわざとらしくズッコケた。ほっという吐息が漏れる。
「そんなこと言いませんよ。先生とメルちゃんを信じてますから」
「その万年筆は、魔法具みたいなものだよ。それがないと魔法庁にアクセスできないんだ。普段はメルの魔法で異空間に隠してある」
直人が説明すると、春華は納得したのかしてないのか分からないが、とにかくうなずいた。
「それじゃ、ちょっくら行ってくるヨ」
メルは気を取り直して、親指を立てる。
そのまま一瞬だけ消えたのちに、再び現れたメルは、丸めた用紙を抱えて「バッチリ」と、今度はブイサインを作った。
「どうだ? レベル5の魔法だし、期待して良さそうなのか?」
「ボクもまだ見てないんだヨ。どれどれ~」
メルは持ち帰った
そして、所有魔法の詳細が書かれた部分を全員に見えるようにして机の上に置いた。二人と一匹がその決して大きいとは言えない紙を注視する。
みんなの目的は同じだ。春華と冬華を元どおりの生活に戻すこと。皆一様にそれが達成される魔法であることを願った。
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