第11話 再訪
行定の目的は、魔法売買によって孫の
つまり、魔法売買のうち、売る方は成立させられたということだ。その結果、行定はこの世界の
——というのが、直人たち、主にメルが立てた予想だ。
魔法の所有者を変更する手続きは魔相士にしかできないものだ。しかし、普通の魔相士であれば、魔法の所有者が死んだ場合にしかその手続きをしない。魔法は、相続によってのみ決められた承継者に移転するものとされているからだ。魔法相続士という職名の由来もそこにある。
普通の魔相士が、魔法売買を取り扱うことはない。もちろん、魔法庁による懲戒の対象となる行為であることがその理由の第一候補ではあるが、手続き自体が高度なものであるため、能力的にできないということも少なからず関係している。
もし朝比奈が、日常的に魔法売買を取り扱っているとするならば、相当能力の高い魔相士なのだろう。
だからといって、直人たちがこれからすることに何も変わりはない。ただ、朝比奈を問い詰めて、できることなら行定が猫になってしまった原因を取り除く。それが不可能であったとしても、朝比奈にはそれなりの報いを受けさせる。それだけである。
「それじゃあ、開けるよ」
反対する者などいないと分かりきっていたが、直人は念のため全員に確認する。全員が一様に頷くのを確認すると、メガネの位置を直してから扉を開いた。
「……あぁ、また君たちですか。まったく、チョロチョロとネズミのように
扉が半分ほど開いたところで、朝比奈の気怠い声が聞こえてくる。
前に訪れた時と同じく、シルクハットに猫柄の蝶ネクタイ、タキシードという変わった出立ちの朝比奈は、直人たちに顔を向けることなく執務机に向かい、何やら作業をしていた。
「また君たちか、じゃないよっ!! ユッキーの……巽のくんのお母さんの魔法を返してよ!!」
朝比奈の不躾な態度に、冬華は開口一番大声で叫んだ。駆け出して、胸ぐらを掴まんとする冬華を慌てて直人が制す。
「何を言い出すのかと思ったら。私が、誰の、何を、返すって言うんです? 盗人はドブネズミの専売でしょう?」
「このっ……」
露骨な挑発に冬華の身体に力が入る。それをなんとか押さえつけて直人が答えた。
「あなたは禁じられている取引、魔法売買を取り扱っていますね?」
「魔法売買? あぁ、そのことですか。それがどうかしましたか?」
そこでようやく朝比奈は手に持っていたペンを置いた
「……ということは、認めるんですね? 魔法売買は、重大な規律違反です」
「魔法庁の定めた規律など私の知ったことではありません。あのお方が望むのなら私は神にも背く」
「……盗った魔法を返してあげてよ」
いくらか落ち着きを取り戻した冬華も静かに、けれど力強く朝比奈に迫った。
「すでに告知済みですが、それはできません。残念ですがね。私にはどうすることもできないのですよ。それは取引の前に説明したはずなのですがね」
朝比奈は呆れたように行定に目を向ける。行定は気まずそうに小声で「覚えておりませんな」と答えた。
「記憶を奪ったのも、あなたではないのですか? 記憶を奪っておいて、説明したというのはちょっと無理があると思いますよ」
「記憶を奪う? どうやって? 私にそんな大それたことはできませんよ」
直人の鋭い目線にも臆することなくわざとらしく肩をすくめる。
「魔法で消したんじゃないの?」
「魔法? そんな魔法が使えるなら魔相士なんてやっていませんよ。もっと楽に稼げそうだ。疑うなら私の個人情報と
「その必要はないヨ。朝比奈が言ってることは本当だ。ボクが保証する」
メルは朝比奈の事務所に入ってからというもの、何かを探すようにしきりに鼻をスンスンと鳴らしていた。その姿はまるで犬なのだが、この際気にならないらしい。とにかく、そのメルがようやく口を開いた。
「君は魔女ですよね? ありがたいことに魔女のお墨付きで疑惑が晴れましたね。それにしても、魔女ともあろうお方が、ここまで人間に肩入れをするとは。実に面白いですね」
メルは「ふんっ」と鼻を鳴らして、朝比奈の挑発を無視する。メルの反応を見て「クククッ」と含み笑いを見せた朝比奈は続けて言った。
「それから、お嬢さん。盗ったという表現は些か心外ですね。私はしっかり対価を渡しています。
「東條さんは納得されていたんですか?」
「どうですかね。私にはそう見えたけれど、人の心なんか分かりはしないですよ。思考盗聴魔法でも使わない限り、ね」
朝比奈はわざとらしく口角を上げてニタリと笑った。
「っ!? お前……」
再び頭に血が昇る冬華の腕を直人が掴む。直人の意思に反して、その手に力が入る。
「いたっ……。ちょっと、先生、痛いよ」
冬華の声で我に返る。
「許されることだと思っているんですか? 意思に反して、不必要なものを売りつけるのは魔法でなくても許される行為じゃない。その証拠隠滅のために記憶まで消したのだとしたら……俺はあなたを許さない」
低く落ち着いた声で迫る直人にも動じず、朝比奈は余裕すら感じられる動作で執務机の上で頬杖をついた。
「君も分からない人ですね。東條さんは同意していたし、私は記憶を消したりなどしていない。というより、できない。東條さんはmこの世界の理を破った結果、猫になり、記憶が消えたのではないですか?」
「それはないヨ。猫になったのはともかく、記憶は間違いなく魔法によって消されている」
それを聞いて朝比奈は再び肩をすくめる。そして、やや大げさに両手を広げた。
「それでは、私にどうしろと言うのです? さっきも言ったとおり、東條さんの魔法を返すことも、元の姿に戻すことも私にはできない。本当です。私にできるのは、魔法相続と魔法売買だけですからね」
「魔女だネ? このボクには嘘を吐かない方がいいヨ。魔法売買は高度なことだヨ。その上、キミたちが奪った行定の魔法はレベル4以上のはずだ。いくらキミが優秀な魔相士でも、魔女の力なしにできるわけがない。そうだろ? メアリーベル」
「魔女? メアリーベル? おい、急に何を言いだすんだよ」
驚く直人を無視して、メルは鋭い目線を朝比奈に向け続ける。
「魔女ですか……。ふふふふふっ。なんでもお見通しということですね。はははははっ」
メルに睨みつけられた朝比奈は、メルが魔女だと分かった上でも動じることなく、心底おかしそうに、そして挑発するように笑う。そんな朝比奈の笑い声をかき消すように別の声が響いた。
「これは、これは、メルティオラ。あなたが、このようなところまで、わざわざ足を運ぶなんて珍しいですね。どうかしましたか? あぁ、あの茶色い塊なら美味しかったですよ。どうもありがとう」
よく響く声と共に、黒猫がひょいと朝比奈の執務机に飛び乗る。それは、メルのチョコレートを奪い取って、朝比奈の事務所まで直人たちを案内した黒猫だった。
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