第15話 最高の事務所

「魔女って……。メルちゃん、それ本気で言ってるんですか!?」


 春華はるかは珍しく、表情に出るほど驚いていた。

 突然、自分は魔女だとカミングアウトされて、それを素直に信じる者は、ほとんどいないだろう。直人なおとは、何度もそのカミングアウトを受けてきたが、まったく信じなかった。


「もちろん! ボクは嘘を吐かないヨ。嘘が大嫌いだからネ。それは春華なら、よぉ〜く分かってるんじゃないカナ?」


「それは……そうですね」


 春華はわずかな心当たりから、メルの言葉に一応は納得する。


「私はちょっと、すぐには信じられないかなぁ~。証拠とかってあるの?」


 冬華とうかは、露骨に疑いの目を向ける。裏表も遠慮もないのが、冬華のいいところであり、欠点でもあった。

 隣の直人も、やはりメルの言葉を信じていない。


「う~ん、そうだネ~。じゃあ、あそこを見ててヨ」


 信じてもらえていないと分かったメルは、どうしたもんか、と少し考えたのち、窓の外に生えた木を指さした。それに従って、三人が一斉に窓の外を見る。

 木に向かってメルが手を伸ばすと、一番太い枝に一羽の白い鳥が突然現れた。三人の目が驚きで見開かれる。


「飛び立ってくれた方が、分かりやすいんだけど……あ、飛び立ちそうだネ。……それっ!!」


 驚く三人のことなど気にせず、メルが手を動かすと、勢いよく飛び立った鳥は、木の枝から足を数センチ離したところでピタリと固まってしまった。空中に浮かんだまま微動だにしない。


「……よっと」


 メルが声をかけると固まっていた鳥が、今度はゆっくりと羽ばたき始める。動きに合わせて、鳥はスローモーションで前に進んだ。


「はい。ありがとうネ! っと」


 再びメルが声をかけると、鳥は元どおりの速度で羽ばたいて、何事もなかったように冬の大空に消えていった。

 何が起こったのか分からず、三人は白い鳥と同じように固まってしまった。


「説明がいるカナ? あの木にボクが白い鳥を組成して、その鳥の周りに流れている時間を止めたり、ゆっくりにしたりしたんだけど……分かったカナ? これで、ボクが魔女だって信じる?」


 三人はただ、黙ってうなずく。


「ナオには、ずっとボクは魔女だって言ってたんだけどネ。信じてなかっただろう?」


 直人は再び黙ってうなずく。あまりのことに言葉が出ない。


「ナオが魔法相続の手続きをすると効力が弱まっちゃうのは、ボクが魔女だからだってずっと言い続けてきたのに、それも信じてなかったよネ?」


「そんなの……信じられるわけないじゃないか。でも、なんでお前が魔女だと効力が弱まるんだ?」


 直人は、たった今、目の前で起こったことから、それまで冗談だと思っていたメルの言葉を信じざるを得なくなっていた。


「それはネ、ボクが魔法を回収してるからなんだヨ」


「どういうことだ?」


「どういうことも何も、それ以上でもそれ以下でもないヨ。レベル4以上の魔法は、ボクが回収しているんだヨ。もともと魔法は、ボクたち魔女のものだからネ。完全に奪ってもいいんだけど、それじゃ、あまりにかわいそうだから、回収するときに少しだけおすそ分けしてあげてるのサ」


 あまりに突然のことに怒りは湧いてこなかった。直人は、ただ「あ~、そうなのか」とつぶやいただけで、それ以上問い詰めることをしない。


「でも、それならウカちゃんは、メルちゃんが組成すればよかったんじゃないですか?」


 直人に代わって、春華が自分の疑問をぶつける。


「それはできないヨ。だって、ボクは冬華のことをよく知らないもん。知らないものを組成することはできないよネ」


 春華の率直な疑問にメルは、それを予想していたのかサラリと答えた。きっと、自分でも検討し、却下した案なのだろう。


「たしかに、そうですね。納得しました」


 真っ当な答えだと思い、春華は素直に引き下がる。


「これからの仕事はどうするの? やっぱり今までどおり、レベル4以上は効力が弱まっちゃうわけ? それじゃ、直人は困るんでしょ?」


 今度は冬華が尋ねる。


「う~ん、ナオがここまで思い詰めているって思わなかったからネ~。ボクが回収した上で、効力を弱めずにそっくりそのままおすそ分けすることもできると言えばできるんだけど……」


「いや、その必要はない」


 メルの言葉を最後まで聞かずに、直人は言い切った。憑き物が取れたように清々しい表情をしている。


「どうしてですか?」


 表情にこそ出ていないが、春華は直人の答えを意外に思って尋ねる。直人はそれにうなずいて反応し、メルに向かう。


「メル。前に言ってたよな? 人間は、本来魔法なんか使えない方がいいって」


「そこまでは言ってないけど、もっとありがたみを持った方がいいとは思うヨ」


「俺もそう思う。魔法は、不平等の原因になりかねない。だから、政府は魔法所有者をこの島に隔離しているんだろうな。それでも、魔法が原因になった事件は日常的に起こっているし……人間に魔法は、まだ早いんだよ」


 直人は全員の顔を順番に確かめながら、自分自身に言い聞かせるように言った。


「だから、俺は、ときには人から魔法を取り上げることも必要だと思う。その判断を人間である俺がするわけにはいかないから、これからもその判断をお前にしてほしい」


「お安い御用だヨ。ボク一人じゃなんだから、冬華も一緒にどう? キミも人間ではないからネ」


 冬華は、しばらく考え込むように下を向いていたが、意を決したように顔を上げると力強くうなずいた。


「それから、人間一対非人間二じゃ不公平だから、春華も事務所を手伝ってヨ。いいよヨネ? ナオ」


 直人は、「春華さんがいいなら……」とあいまいに答える。直人の心配を打ち消すように、春華は元気よく言った。


「私だけ仲間外れなんて嫌です。お役に立てるか分かりませんが、私も仲間に加えてください」


 こうして、ゆきみ通り魔法相続事務所は、直人を代表に据えて、メル、春華、それから冬華がアシスタントとなって、公平誠実をモットーに三人と一匹で依頼に応えていくことになった。




 翌日から早速、事務所移転の段取りをつける。

 クリスマスソングが、島中をにぎやかに包むころには、すっかり移転はすんでしまった。


 営業再開の初日、まだ慣れない寝室のため、予定よりかなり早い時間に起きてしまった直人は、いち早く事務所に入り、端末の電源を入れた。

 誰もいない事務所で一人端末を眺めていると、新しくレビューが付いているのを見つけた。あの忌々しいレビュー以来、避けていた画面だった。




 おすすめレビュー

 ★★★★★ 最高の事務所(★5つじゃ足りない!!)


 最高の事務所です。私たちの無理な依頼を親身になって聞いてくださり、解決してくださいました。

 こちらの事務所でしかできない最高の形で解決していただき、本当に感謝しています。おかげさまで、私たちは危うく失くしてしまうところだった家族を失わずにすみました。


 先生は、少しとっつきにくく、一見怖く見えるかもしれませんが、安心してください。人見知りなだけです。依頼人には真摯に向き合ってくださいますし、何より誠実です。その仕事ぶりは確かです。

 そして、助手のおサルさんが、とってもキュート。もふもふの毛にカワイイお手々。それからシュッと伸びた尻尾がチャーミングです。でも、かわいいだけじゃないんですよ。


 とにかく、私たち姉妹はこちらの事務所にお世話になって、後悔など微塵も何もありません。一つ前に失礼なレビューがあるようですが、どうかお気になさらず、お困りの方は安心して先生を頼ってください。きっと、力になってくださるはずですよ。


 魔法歴五十三年十二月十九日




 端末から目を離すと、直人は満足そうに微笑んだ。この仕事を始めて以来、味わったことのないスーーッと胸のすくような達成感に包まれる。


 その心を照らすように、冬晴れの朝日が温かく事務所を照らし始めていた。

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