生存確率、100%。
老人部隊が引き起こした敵軍の大混乱。しかし、百戦錬磨の経験者たちはしたたかだ。全く心に高揚感はない。極めて冷静に戦局を見極めている。
「大将。ここはひとつ…」と、花押が巌に具申しようとする。それを巌は制した。言わずともわかっていたのだ。巌だけではない。歴戦を勝ち抜いてきた老人たちにとって、瞬時の状況把握は当然のこと。それが無ければ、今、彼らはここにはいない。
巌の視野に、自陣が意図せずして長蛇の陣になっているのが見えた。巌たち先陣は既に敵軍を突破し、突き抜けていたのだ。敵軍には、大将首こそ討ち取れてはいなかったものの、大きな損害を与えていた。ただ、自軍の損傷も激しいのも、見て取れる。死者こそ出ていないが、満身創痍のものたちばかりだったのだ。
そう。だから、仕掛けるとした今しか無いのだ。全員が阿吽の呼吸で“それ”を理解していた。
突破した先陣は、尋常ならざる俊敏さで、敵軍を取り囲むように移動する。同時に、水平射撃で弓矢を射た。弓の力だけではなく、矢自体のしなりも活かす特殊な弓矢を用い、連続して撃ち込む。矢と弓の双方の弾力を利用する攻撃方法は、匠の技が求められる難解さの分、威力は絶大だ。しかし、それは技工を実戦で研鑽し続けてきた彼らにとって、赤子の手をひねるようなものだ。通常の3倍以上の連続性で、次々と機械的に射ていく。敵軍の混乱に拍車がかかり、止まらない。
老人軍たちは、一角を敢えて空け、逃げ道としておいた。逃げ道がなければ、混乱した敵の兵士たちが襲いかかってくる可能性もあるからだ。わかりやすい逃げ道を用意し、そこに誘導したことで、敵の雑兵たちは我先にと退散する。
「残るは、敵の大将首だけ。覚悟めされよ!」と、巌が叫ぶと、ずっと脇を支え続けていた花押が太刀を握り直した。既に人間の血と油がべっとりとこびりついている。日本刀の鋭利さが役立つのは、実は最初の複数人のみ。武士たちはその豪腕で、“撲殺”に近い殺り方で、敵をなぎ倒していくのだ。
大将首との距離は、馬で全力で駆ければ10秒にみたないといったところか。しかし、叫び声を聞いた大将を守るはずのは近衛兵たちは指物を下ろし、降参の意思を示す。
「勝利した、のか?」と巌は花押を見て、質問する。答えはわかりきっていたが、長年連れ添った軍師への確認は忘れない。「そうで、ございますな」返り血で赤く染まった花押は、かしこまった顔で答える。ところどころ、肌が裂け、筋や骨らしきものがむき出しにいっている箇所もあった。それは、全軍そうであった。
しかし。死者はゼロ。ひとつの、奇跡だった。
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