亜人たちが集う村。
「とりあえず、連絡先を交換しましょうよ」と、ガンタンは言いながら、左手の小指をクルクルと3回まわす。どうやらこのモーションでシステムが起動するようで、ピコンという耳の奥で鳴る電子音と共に、翔の視野の左下にパネルが浮き出てくる。
「これが私のアドレスだから」と、手のひらを翔の方にスッと流す動作をすると、ラテン語のような文字が入ってきた。ちょっとおどけた顔をしてる、ガンタンのアイコンだが、目つきは鋭い。そのギャップに翔はちょっと笑いつつ、同じ動作で自分のアドレスも相手に送った。
ガンタンとはまた会う約束をしつつ、貴族の街を立ち去ることになった。
貴族街の次に案内してもらったのは、キャスの出身地の村。家屋や商店らしき建造物など、目に入る風景が基本的に木製で出来ている。ウッディーな景色が幻想的で温かく、何となく落ち着いた雰囲気を醸し出している。キャスに出会ったあの“愚かなるマジョリティ”《あるいは真なる隷属者》が住む街の殺伐とした人々や、無機質な街並みとは、対照的だ。
「おや、キャスじゃないか。帰ってきたのかい?」
身の丈3メートルはあろうかという、がっしりした体型の大男が、話しかけてくる。見た目は人間だが、明らかに巨人族だ。他にも、ドワーフ族と思わしきご婦人なども声をかけてきた。
どうやらキャスは村民たちから愛される存在のようで、同道している翔に対しても少し物珍しげな顔を見せながら、丁寧に挨拶をしてくれる。キャスいわく、亜人種たちはこの村に住んでおり、一応、地区ごとにわかれてそれぞれの種族が住み、生活をしているらしい。
ただ、近年は地区にとらわれることなく、便利な場所に居住するようになっているとのこと。
キャスは声をかけてきた亜人種たちに、挨拶を返しながら、「逃げてきたのを助けてくれた、異国人」だと、翔を紹介する。
「にしても、逃げ出してマズくはなかったのかい?あの黒装束の連中、この村に追いかけて来そうなものだけれど」
翔は、ずっと思っていた疑問を口にする。亜人種が下働きのような扱いを受けているこの世界で、それが許されるのだろうか?と。
「ああ、それは大丈夫。村に入っちゃえば、あの人たちは手出しできない決まりになってるから。私たちもあの街には自由には出入りできないし。ただ、働き口を失くしちゃったから、どうしようかなってのはあるけど」
あの人たちとは、“愚かなるマジョリティ”層を指すようだ。この層のことを口にする時、キャスは決まって嫌そうな表情を一瞬浮かべる。唾棄すべき存在のようだ。
そういえば……と、翔はもう一つ気になっていたことを聞いた。
「あの無機質な“愚かなるマジョリティ”の街には、出入りができないけど、貴族街はなぜ自由に入れるの?」
キャスは不思議そうな顔をして応える。
「貴族たちは、私たちを差別とかしないよ。私たちをこき使ってくるのは、中間層だけだもん」
ちょっと、この世界のパワーバランスを理解できそうな気がした。
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