妙な貴族【3】

 一般的に株式投資というのは、“買い”から入る。「業績が伸びそうだ」という信念のもと、投資家は株を買うのだ。会社が成長すれば、株価も上がる。すると、投資家は利益を享受することができるのだ。


 逆に、業績が下がれば株価も下がり、損失を被ることになる。しかし、この「下がる方向」にBETする投資法がある。それが“空売り”という手法。株価が下がれば下がるほど、利益を出すことができる。だから、空売り投資家にとって、不祥事やスキャンダルは飯の種。海外には、空売り投資家向けの媒体も存在する。


 翔は暗に、そう問うたのだ。すると「とんでもない!社会正義だよ。ただ、うちの情報を見てショート《空売り》を入れる連中がいても、それはわたしの関知するところでは無いがね」ニヤリと笑い、ガンタンは答える。


 翔はガンタンが「わたし」と、しっかり一人称で言ったことが気に入った。組織にいるだけで大義をかざし、その大義に甘んじている連中に限って「我々われわれ」のような言い方をするものなのだ。だから、自分自身に責任があることを明言し、それを背負っている事実に感銘を受けた。妙ちくりんで大ボケ味を出しまくっている貴族だが、高いプロ意識と気概を持っている言動に触れ、改めて自らの信念と通じるものを感じたのだ。ただ、その目つきに彼が本来持っているである、はしここさが宿っていることも、翔は見逃さなかった。


「マイナスを探すのが得意」と聞くと、眉をひそめる方もいるかも知れない。しかし、世の中にこうしたタイプは存在する。翔は正直、「人間は何パターンかにわかれるものだ」と考えていた。


 人の良いところを見つけるのが得意なタイプもいれば、悪いところや改善点を見つけることが得意な人間もいるのだ。この世界は明るくて爽やかなだけじゃない。暗く、こじらせて、湿った風景もある。そんなマイナスを“無かったこと”にして、無理くりポジティブに持っていくことの方が、不健康だし不健全だと翔は考えていたのだ。むしろ負のオーラさえ生じる。


 妬みやそねみなど、マイナスに目が行く特性を「唾棄すべき」と切って捨てることは簡単だ。しかし、その特性を用いて“強み”にすることができれば、それは自らの才能タラントを開花させたことになる。お笑い芸人であっても、そのまま伝えれば悪口や嫌味になることを、笑いで的確に調理をすることにより、面白さに昇華するタイプの芸人もいる。


 その間、キャスも話を興味深そうに聞いていた。(そうだった!キャスはこの前まで、PL/BSを精読して企業業績をチェックしていた)という事実を、翔は思い出した。


 ガンタンの話す内容に、キャスの分析が加われば数字の論拠が担保され「より確固たる情報になる」と、翔は心の中で考えていたのだ。

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