第32話 フルレア
「いやー、けっこういい勝負だったッスね!」
「俺があそこでストライク出してりゃなぁ。すまん、ユリア」
「ううん。おにいちゃんかっこよかったです」
「アンナっち、ナイススペアだったッス!」
「お役に立てたなら何よりです」
ゲーセンの後にボウリングを2ゲームほど楽しんだ俺たちは、施設内のフードコートで昼食をとることにした。
フードコートは混雑していたが、何とか4人掛けのテーブル席を確保する。
「俺が買って来るんで、みなさんはここで待っててくださいッス。何か食べたいものあるッスか?」
和樹が率先して買いに行くと言うので、俺たちは素直に甘えることにした。とりあえず有名ハンバーガーチェーン〈マクナル〉の新作ハンバーガーセットを頼む。ユリアとフルレアさんも、ハンバーガーを食べたことがないらしく同じものを和樹に頼んだ。
和樹がハンバーガーを買いに行き、席には俺とユリアとフルレアさんが残される。
「和樹さんは、昔からああなのですか……?」
先に話しかけてきたのはフルレアさんだった。マクナルの方へ小走りに向かっていく和樹の背中を見送りながら俺に尋ねてくる。
「ああって、世話好きなところか?」
「はい。あの人はいつも私に親切で、時折理解に苦しむときがあります。見ず知らずの他人である私に、こうも親身になれるものなのでしょうか」
「あー……、まああいつは昔からそういう奴だよ」
惚れた弱みももちろんあるだろうが、和樹は出会った頃から他人のために動ける奴だった。お人好しの世話焼き。誰かのために率先して動く姿は、俺から見ても時折眩しく映ることがある。
あいつは困っている人を放っておけない。家の前に倒れていて、行く当てのないフルレアさんを保護したのもあいつにとっては当然のことなのだ。
だから、
「フルレアさん。あんたはどうして、この世界に来たんだ」
聞かなくちゃいけない。
隣に座るユリアがぎゅっと体を密着させる。いつでもスキルを発動できるように、との彼女なりの配慮だろうか。
「……いつ、気づきましたか」
「昨日な。確証があったわけじゃねぇよ」
「そうですか。……私を、排除しますか」
「それはあんた次第だ、フルレアさん。話してくれるか?」
「…………」
フルレアさんは静かに頷き、ゆっくりと語りだす。
「私の名はフルレア。デーモン31柱の1柱にして、アドラス様に仕える魔人族の一人でした」
アドラスに……?
俺が眉を顰めたことに気づいたのだろうか、フルレアさんは言う。
「アドラス様をご存じなのですね?」
「……ああ」
俺が倒したとまでは言わない。フルレアさんのアドラスへの忠誠心がどれほどかわからないからだ。俺がアドラスを倒したと知って激高し暴れでもしたら、俺はフルレアさんを倒すしかなくなってしまう。
「アドラス様と私は、ほぼ同時期に魔王様によって作られました。主人と、隷属する従者として。アドラス様と私の間には主従契約が結ばれていました。首に刻まれた隷属の紋様がその証だったのです」
「紋様、ですか……?」
ユリアが疑問に思うのも無理はない。フルレアさんの首に、それらしい紋様はどこにも見当たらなかった。
「……アドラス様の指示でこの世界に来たあの日、私の首にあった隷属紋は忽然と消えました。これまで私を縛っていた鎖が解かれ、私は自由になったと同時にこの世界に放り出されたのです」
〈エンテゲニア〉に帰還しようにも〈ゲート〉は跡形もなく消失していたそうだ。この世界に残されたエルレアさんは右も左もわからない未知の世界で路頭に迷い、やがて和樹に巡り合った。
「彼は、見ず知らずの私を受け入れてくれました。それどころか私のために親身になってくれて、ご両親を説得して居候までさせてくれたのです。……人間がこんなにも優しく温かな生き物だと私はこれまで知りませんでした」
エルレアさんの表情は相変わらず乏しい。
ただ、その声音には確かな感情が込められていた。
「彼を見ていると、気持ちがとても安らぎます。彼と一緒に居ると、胸が温かく幸せな気持ちになります」
フルレアさんはじっとまっすぐに俺とユリアを見つめる。
「私がこの世界に来たのは、魔王様復活の最大の障害となる勇者の故郷を偵察するためです。……けれど、私が今ここに居る理由はそうじゃありません」
フルレアさんは〈マクナル〉の注文列に並ぶ和樹に視線を送る。
俺たちの視線に気づいたんだろうか。和樹が振り返ってニカッと笑いながらこっちに手を振ってきた。
その姿にフルレアさんは確かに微笑む。
その横顔は見た目相応の少女にしか見えなくて、人間としか思えなくて。
アドラスのおかげで魔人族に抱いていた悪印象が、変えられていく。
ただそれでも、魔人族への不信感を完全に拭うことはできない。
「私は和樹さんとこの世界で同じ時間を過ごしたいと考えています。隼垣さん、ユリアさん、私を見逃してはもらえないでしょうか」
俺とユリアは顔を見合わせる。
はいともいいえとも言えず、俺たちは和樹が戻ってくるまでただただ無言の時間を過ごし続けた。
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