第26話 そうだ、日本に行こう

「唐突だが、明日から日本へ戻ることにした」


 ユリアも学校から帰宅し、皆で夕食に舌鼓を打っていた時のこと。


 親父は食卓を囲む全員に告げるように切り出した。


 本当に急な話だな。


「日本へ戻るって異変の調査はいいのかよ」


 もとはと言えば〈エンテゲニア〉の様子がおかしいから調査のために来たんだろ。まだ異変が何なのかもいまいちわかってねーし、帰っちまって大丈夫なのか?


「勇者様が帰られるということは、おにいちゃんと杏璃さんたちも……?」


 ユリアが悲しそうな顔で親父に尋ねる。


 親父が帰るなら、俺がこの世界に残る理由も薄れる。ユリアやソフィアさんとまた別々に暮らすのは寂しいけど、俺だけ残ってどうするんだって話でもあるからな……。


 皆月と杏璃も俺が帰るなら帰るだろうし。


「安心しなさい、ユリア。帰ると言っても1泊2日の予定だ。実は杏璃ちゃんと皆月ちゃんのご両親に、ソフィアと一緒に挨拶をと思ってね」


「あたしたちの両親ですか?」


「ああ。二人とも、学校をサボったままこの世界に居るだろう? 会社からある程度の事情を説明しているとはいえ、ご両親も心配なさっているはずだ。そこでソフィアと相談して、一度ご挨拶に伺うことにした」


「ということは、日本に戻るのは皆月と杏璃の両親に会うためってことか」


「そうなるな」


 親父の会社からどういう説明が二人の両親にされたか知らねぇが、さすがに異世界に居ますなんて説明はされていないだろう。


 大方、俺と同じように留学したことになっているはずだ。


 とはいえあまりにも急な話だからな……。


「あたしたちも一度戻って顔を見せないと、パパとママも心配してるわよね」


「うん、そうだね。……みなちゃん、今パパとママって言った?」


「あっ……」


 杏璃に指摘され皆月がしまったと両手で口元を抑える。


 普段はお父さんお母さんと呼んでいたはずだが、どうやら猫をかぶっていたらしい。


「ふぅーん。へぇー。みなちゃん、家じゃ小父さんと小母さんのことパパとママって呼んでるんだぁ」


「ち、違っ……! んもぅっ! なんて呼んでてもいいでしょっ⁉」


「皆月さんかわいいです……っ」


「ユリアまでっ!」


 皆月は顔を真っ赤にして「もう知らないっ!」とそっぽを向く。皆月が追いつめられる側ってけっこう珍しいな。


「涼一郎も父さんのことをパパと呼んでいいんだぞ?」


「わたしのことはママと呼んでいいのよ?」


「お前らは黙ってろ」


 便乗してきた二人にくぎを刺しておく。小恥ずかしくて呼べるわけがねーだろ。


「つーか、今の会話の流れだと親父とソフィアさんで皆月と杏璃の両親に挨拶しに行くんだよな。じゃあ、俺とユリアはどうするんだ?」


 皆月と杏璃は一緒に帰るとして、俺とユリアは留守番だろうか?


「本来なら社内規定で禁止されているが、今回は特別に許可がでているんだ。涼一郎、私たちの世界をユリアに案内してあげなさい。きっと素晴らしい体験になるはずだ」


「い、いいんですか……⁉」


 ユリアがぱぁっと表情を明るくして目を輝かせる。


 こうして俺たちは一度、日本へ戻ることになった。



――――――――――――――――――――



 翌日、親父が開いた〈ゲート〉で元の世界へ戻る。途中、あの真っ白な世界を通ったが自称神様の声が聞こえてくることはなかった。


 あいつ、常にあの場所に居るわけでもねーのか。


 再び〈ゲート〉を抜けると、住み慣れた家の廊下だった。


「ここが異世界ですか……!」


 わぁと目を光らせるユリア。


「確かにそうなんだがただの廊下だ」


 木造平屋の日本家屋。たしかに〈エンテゲニア〉じゃ見慣れないかもしれないが、ここで感動されてしまうとなんだか申し訳ない気持ちになる。


「前に来た時と変わらないのね。懐かしい」


 ソフィアさんも廊下で何やら感慨に耽っていた。


 前にって、ソフィアさんはこっちの世界に来るのは初めてじゃないのか。俺が生まれる前か後かはわからねぇけど、こっちで過ごした時期があるのかもしれない。


「それじゃあ、父さんたちは杏璃ちゃんと皆月ちゃんのご両親に挨拶をしてくる」


「涼一郎、ユリアのことをお願いね」


 親父とソフィアさん、それから皆月と杏璃は四人揃って先に家を出て行った。


 親父は挨拶とだけ言ってたけど、けっこう長引くだろうな。


 俺が今も皆月と杏璃と幼馴染で居られるのは親同士の仲がいいからっていうのもある。話に花を咲かせたら夕方までは戻ってこないかもしれん。


 それまでの間、どうやって時間を潰すかなんだが……、


「ユリア、今から寄りたいところがあるんだが構わないか?」


「寄りたいところ、ですか?」


「ああ。昔、剣術を教わった道場に顔を出したいんだ」


 リビングで時計を見れば昼の1時過ぎ。この時間ならあいつも道場に居るはずだ。


 ミシェルさんや他の騎士団員との手合わせで自分の弱さを理解できた。もう一度、剣術の基礎を学ぶことで少しでも弱さの克服の足しにしたいんだ。


 ユリアがせっかくこっちの世界に来てくれたのだから色々な物や場所を紹介したいんだが、俺も戻って来られる機会があまりない以上は時間を有効に使いたい。


「すまない、ユリア。明日はちゃんと案内する! この通りだ!」


 俺が手を合わせて頭を下げると、ユリアは優しく微笑んで、


「構いませんよ、おにいちゃん。わたしいつも学校でおにいちゃんの稽古を見学できませんでしたから、おにいちゃんが剣を握っているところを見てみたいです」


 お、俺の妹がいい子すぎるんだが……っ!


 明日は色々なところにユリアを連れて行って遊び倒そう。


 そう心に決めて、俺たちは後輩の道場〈山本流護衛剣術道場〉へ向かうことにした。

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