第4話 異父兄妹?

「ソフィア様。勇者様をお連れいたしました」


 ロズワルドさんが扉に向かって呼び掛けると、中から「通してちょうだい」と声がした。


 今の声って……。


 ロズワルドさんが扉を開く。


 その向こうに居たのは、長い銀色の髪の女性だった。雪のように白い肌。淡い水色のパッチリとした瞳。顔立ちはとても綺麗に整っていて、まるで人形のような精巧さだ。


 背はそれなりに高く、体つきは華奢なわりに出るところが出ていて締まるところが締まっている。肩から胸元にかけて大きく開いたドレスが、その豊満な体型をより強調しているように見える。


 綺麗な人だな……。まさかこんな美人が俺の母親なわけ、


「ソフィア!」


「あなたっ!」


 ガシッと、俺の目の前で親父が銀髪美人と抱き合った。


 いや、母親なのかよ。


 異世界に行ったら美人な母親が居た件について。元の世界に戻ったらこんなタイトルでネットに投稿してみるか。


「ソフィア、会いたかった! ずっと会いたかったぞ!」


「わたしもよ、総一郎! あなたのことをこの十六年間ずっと想い続けてきたわ!」


「俺もだ! もう絶対にお前を離さない‼」


 親父がソフィアさんと感動の再会をしている横で、俺は完全に蚊帳の外だった。


 本人たちにとっては感動的な場面なんだろうな。俺から見たらサッパリだが。


 ……と、俺以外にも蚊帳の外状態でこの場に居る誰かが居た。


 ロズワルドさんではなくて、ソフィアさんの後方。


 ソフィアさんと同じ銀色の髪をした、俺と同い年くらいの女の子が居る。


 彼女もどこか居心地の悪そうな表情で、親父とソフィアさんの抱擁を見つめていた。


 雪のように白い肌と、こちらは真っ赤な瞳だ。髪は肩のあたりで切られたショートヘアで、雪の結晶が象られたような髪飾りをしている。


 かわいい。脳内にかわいいフェスティバルがヘビロテされそうなくらいかわいい美少女だった。


 いったい誰だろうか。ソフィアさんに似ている気もするけど……。


「涼一郎、来なさい」


 ようやく抱擁に気が済んだのか、親父が俺を呼ぶ。


 見れば、ソフィアさんが慈愛に満ちた瞳で俺を見つめていた。


「大きくなったわね、涼一郎」


「あ、……うっす」


 この人が母親とか、実感がわかなくてどう返事すればいいかわかんねぇよ。

 なんつーか、前に会ったことを憶えていない遠い親戚に話しかけられた気分だ。これなんて返事するのが正解なんだろうな……?


「ずっと会いたかったわ、涼一郎」


 ソフィアさんは俺の頭に手を置くと、俺を抱きしめようとした。


 生き別れの母親との感動の再会。普通なら、こういうとき涙を流してしまうんだろうか。


 俺は、ソフィアさんの手から逃れて後ずさってしまった。


 だってその……胸が当たりそうだったんだよ。


「涼一郎……?」


 ソフィアさんは、後ずさった俺を見て悲し気な顔をする。


 けど、仕方がないだろ。胸が当たりそうだったんだから。


「いや、その……。別にハグが嫌だとか、そういうのじゃないっす。ただちょっと、まだ心の準備ができてねぇっつーか。いきなり異世界に連れてこられて、母親だって紹介されて、頭の理解が追いついてねぇっつーか」


 母親が待っていると親父に言われ流されるままここまで来たわけだが、いざソフィアさんが母親だと言われてもいまいちピンと来ない。


 母親ってそもそも、何なんだろうな……。


「……そうね。顔も憶えていないでしょうから、仕方がないことだわ」


「……ごめん」


「謝らないで、涼一郎! そうだ、あなたに紹介したい子が居るのよ! ほら、ユリア。こっちにいらっしゃい」


「あ、はい……」


 ソフィアさんからユリアと呼ばれたのは、さっきのかわいい女の子だった。


「紹介するわね、涼一郎。この子はユリア・アメリアーナ。あなたの妹よ」


「妹⁉」


 こんなかわいい子が⁉


「妹だと⁉」


 なぜか親父まで驚いていた。


 そういえば、親父は母さんが待っているとは言ってたけど妹まで居るなんて一言も言ってなかったな。


 あれ? じゃあ、この子って……。


「そ、ソフィアさん……? 俺たちの間に娘なんていつの間にできたんですかね?」


「ふふふ。あなたとの間に娘をこさえてはいませんよ?」


「ということは、その子は俺との間に生まれた子じゃない……?」


「ふふふ」


 ソフィアさんは口元に手を当て、妖艶に笑ってみせる。


 一方の親父はというと、


「オーマイゴッ‼」


 頭を抱えながら膝から崩れ落ちていた。


 ……複雑だろうなぁ。


 親父の心中を察して同情する。俺が同じ立場ならショックで泣くかもしれん。


 十六年と、ソフィアさんは言っていた。それだけ長く離れ離れだったんだ。親父以外の男との間に子供ができても何にもおかしい話じゃない。


 もしかしたら、親父とはもう二度と会えないなんて話だったかもしれないしな。


「ゆ、ユリアです。初めまして」


「あ、えっと。隼垣涼一郎っす。初めまして」


 お互いにぎこちなく挨拶を交わす。


 この子が俺の妹……いや、義妹〈いもうと〉か。異父兄妹だもんな。


 伏し目がちで、浮かない表情をしている。彼女もいきなり義理の父親と異父兄に会って戸惑っているんだろう。気持ちは痛いほどよくわかる。


「涼一郎、少し席を外してくれないか」


 と、親父が俺の肩に手を置いてそんなことを言ってきた。


「ソフィア、大事な話がある」


「わたしもよ、総一郎。ユリアも少し外してちょうだい。……そうね、どうせなら涼一郎に街を案内してあげなさいな」


「わ、わたしが案内を……?」


「ええ。せっかくの機会ですもの、兄妹水入らずの時間を過ごすといいわ」


「水入らずって言われてもな……」


 俺とユリアは互いに困った顔を見合わせる。


 何にせよ、これから夫婦会議の時間らしい。俺たちは居ない方がいいだろう。


「そういうことでしたら私が護衛として同行しましょう」


 ロズワルドさんの申し出もあり、俺はユリアに街を案内してもらうことになった。


 白銀の間から出てすぐ、ユリアは俺に尋ねる。


「あの、えっと……。どこか、行きたいところありますか?」


 聞かれても街に何があるのかさっぱりわからん。


 だが、俺には明確な目的地があった。


「そうだな。まずはトイレの場所を教えてくれ」


 転移門を通る前から我慢していたせいで、実はさっきから決壊するかしないかの瀬戸際だったりした。

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