第3話 世界を救った親父

 転移門から出ると、目の前に巨大な龍が居た。


「……は?」


 漆黒の鱗に覆われた巨体が、大きな翼をはためかせて宙に浮いている。高校の物理の授業が全て無駄になりそうな光景に、俺は言葉を失った。


「ダークドラゴン。この辺りには生息していないはずだが。やはりエンテゲニアで何かが起こっているようだな」


「お、親父! あれ! ドラゴン、ドラゴンがっ!」


「ああ、心配するな。一秒で終わらせる」


 直後、親父の姿が消えた。


 は……⁉


 次の瞬間には雷鳴の如き咆哮が轟き、俺はあまりの音量に耳を塞ぐ。


 何だこれ、音が全身に響き渡って気持ちわりぃ。


 咆哮が途切れたのは、一瞬の後。


 ドスンッ‼ と大地が揺れ砂煙が舞った。


 やがて視界が晴れてくると、そこには首を失ったブラックドラゴンの死体が転がっていた。


「やはり腕が鈍っているな。首から上を残して斬るつもりが、誤って消し飛ばしてしまった」


 そう言いながら、親父はスタっと俺の前に着地する。


 ……いや、もう理解が追いつかねぇ。


「親父がやったのか……?」


「他に誰が居るというんだ。〈収納〉」


 親父が左手を向けると、ドラゴンの死体が親父の左手に吸い込まれていく。


 これもう、深く考えるだけ無駄だろ……。


「涼一郎、今のが〈収納〉の魔術だ。覚えておいて損はないぞ」


「覚えられてたまるか」


 スキルときて、次は魔術か。本当に嫌になるほど異世界だな!


 周囲を見渡すと、どこまでも続く荒野だ。大地は荒れ果て、草の根一本生えちゃいない。


 ここがエンテゲニアなのか?


「まずは母さんの居るアメリアを目指す。俺の腕に掴まれ、涼一郎」


 親父はそう言うと、左腕を俺へ押し付けてきた。


「掴まれって、これにか?」


「そうだ。これから転移魔術を使う。置いていかれたくはないだろう?」


 そりゃ、こんな場所に置いて行かれたくはねぇけど。


 というか、転移魔術とか本当に好き放題だな、親父。


「……わかった、掴まればいいんだろ、掴まれば」


 この歳にもなって親父の腕に掴まるとか……。


 しぶしぶ俺が親父の手首を握ると、親父はカッと目を見開いた。


「転移魔術を侮るな、涼一郎‼ 失敗すれば手足なんて軽く消し飛ぶぞ⁉」


「えぇっ⁉」


 過去一で親父に怒られた瞬間だった。というか、転移魔法そんなに危ないのかよ⁉


「もっと全身で掴まるんだ! 俺の体に可能な限り密着しろ‼ でないと体面積の何割かが持っていかれても知らんぞ⁉」


「こ、こうか⁉」


 俺は親父の左腕をがっちりと掴み、これでもかっていうくらい体を密着させた。


 何が悲しくて親父に抱き着かなくちゃいけねーんだ……。


「行くぞ、〈転移〉!」


 視界が目まぐるしく移り変わる。ほんの一瞬で、目に映る光景が様変わりした。


 こ、これが転移魔術……!


 荒野に居たはずの俺たちはどこかの建物の屋内に居た。


 そして、大勢の兵士に囲まれていた。


 な、なんだこれ……?


 俺が戸惑っていると、おもむろに親父が黄金の剣を天にかざした。


 途端、兵士たちから歓声が沸き上がる。


『あれが勇者様か!』

『なんと神々しい鎧だ』

『魔王を倒した伝説の勇者様……!』

『あの方がソフィア様の……』

『ところで、勇者様にしがみついている男はなんだ?』

『わからん。勇者様の男娼か何かだろうか?』


 ざわ……ざわ……。


 歓声はやがてざわめきへ変わり、兵士たちの注目は勇者である親父から、親父に抱き着く俺へと向かう。


「涼一郎。その……なんだ。甘えてくれるのは嬉しいが、大勢の人の前で抱き着かれると父さんもさすがに気恥ずかしい」


「甘えてるわけじゃねぇよっ‼」


 お前がさんざっぱら転移魔術は密着しないと危ないとか脅してきたんじゃねぇかっ‼


 兵士の人たち、頼むから俺を奇異の目で見ないでくれ…………。


 俺が親父から離れると、周囲に居た兵士たちの中から一人こっちに近寄ってくる男が居た。


 年齢は若そうに見えるけど、周囲の兵士よりもぱっと見いい鎧を着ている。


「お待ちしておりました、勇者様。白銀騎士の団長を務めております、ロズワルド・マーキスと申します。お会いできて光栄です」


 ロズワルド、と名乗ったその人は、親父に向かって恭しく一礼する。


 どうやら、俺たちが来ることを知っていたみたいだ。


 ここに居る兵士たちは全員、親父の出迎えに来ていたんだろう。


 ……親父、本当に勇者なんだな。


 ロズワルドさんの態度を見ただけで、親父のことを尊敬しているのがありありと伝わってくる。もちろん、ロズワルドさんだけじゃない。ここに居る兵士全員から、親父は敬意の眼差しを受け取っていた。


「うむ。……君は確か、アカジ村で出会った少年か。随分と立派に成長したじゃないか」


「お、憶えてくださっていたのですか⁉」


「当然だ。君は村を守るため、立派に魔王軍と戦った。戦友の顔を私は誰一人として忘れたことがない。君と、君と、そこの君も私と一緒に戦ったことがあるだろう。立派に成長したものだ」


 親父が何人かの兵士を指さすと、その兵士たちは堰を切ったように嗚咽を漏らし始めた。中には完全に泣き崩れてしまう人も居る。


 戦友の顔を忘れないって、マジか親父。なんというか、かっけーな。


「勇者様……! 勇者様に救って頂いたこの命、無駄には致しません。この国をより良いものへするために使っております」


 ロズワルドさんは親父にそう宣言すると、ちらっと俺の方を見た。


 なんだ……?


 ちょっと気にされただけなのか、ロズワルドさんはすぐに親父へ目線を戻す。


「どうぞこちらへ。白銀の間にてソフィア様がお待ちです。案内いたします」


 ロズワルドさんの案内で、俺と親父は白銀の間とやらへ向かう。


 どうやらここは大きなお屋敷のようだ。兵士だけでなく、メイドや使用人のような人たちも親父に恭しく一礼している。なんか居づらい空間だな……。


 階段を上り、真っ赤な絨毯がひかれた長い廊下を歩く。


 その突き当りが、白銀の間だった。

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