第2話 スキル〈異性とキスすると3分間だけ無敵〉

 親父が転移門とやらを開くと、向こう側は真っ白な空間だった。


 便器も紙も何もねぇ。


「おい親父、トイレ――」


「来なさい、涼一郎。向こうでお前の母さんも待っている」


「……は?」


 母さん? 親父は何を言っているんだ?


「母さんって、死んだんじゃなかったのかよ」


「お前は何を言っているんだ? 母さんが死ぬわけないだろう。彼女は魔王の必殺技を食らっても死ななかった化け物だぞ」


「俺の母親どんなだよ」


 あと魔王がどうこうって引き合いに出されても伝わんねーよ。


「つまりあれか、俺の母さんは死んでなくて、異世界人ってことか?」


「そうだ。お前の髪や顔立ちは母さんによく似ている」


 ……子供の頃から、髪が白いだの、顔立ちが日本人じゃないだの、さんざっぱら虐められてきた。中学で髪を染めるようになってからはそれもマシにはなったが、これは母さんからの遺伝だったわけか。


 道理で日本人離れした顔立ちになるわけだ。外国人とのハーフだとは思ってたが、まさか異世界人の母と親父の間に生まれたとは思いもしなかったけどな。


「訳あって、お前をこっちの世界に連れてくるしかなかった。母さんも、お前の顔を見たがっているはずだ。ついてきてくれないか、涼一郎」


 親父が俺に向かって手を伸ばしてくる。


 ……母さん、か。


 会いたくないと言えば嘘になる。母親というものがどういう感じかわかんねーけど、やっぱり一度は会ってみたい。


 異世界、行ってみるのも悪くねーな。


「わかった。行くよ、親父。でもちょっと待ってくれ。杏璃たちに連絡だけしとくから」


 いまだに通話が行われているグループチャットに、これまでの経緯としばらく学校を休むことを書き込み、スマホをズボンのポケットにしまう。


「これでよしっと。待たせたな、親父」


「それでは行くとするか」


 俺は親父と共に、トイレの扉からクラスチェンジした転移門を通り抜けた。


 そこは辺り一面真っ白な世界。


 どっちが上で、どっちが下か。右も左もわからない。


 ここが異世界なのか……?


「ここは世界と世界を繋ぐ空間。神の住処だ」


「神……?」


 俺が首をかしげていると、どこからともなく声が響いてきた。


『いかにも。ここは神域である』


 男とも女とも、大人か子供かもわからない。


 ただ声だけがそこにある感じだ。


 これが、神の声……!


 俺は緊張のあまり生唾を飲み込む。


 親父は俺より一歩前に出ると、左手を上げて、


「おっすー、ジンちゃん。元気してたー?」


 と、まるで居酒屋で旧友にあったような気軽さで神様に話しかけた。


 いや、軽いな!


『あ、もしかして総一郎ちゃん⁉ 久しぶりじゃーん! もうマジあげみざわって感じ―! すっかり大人になっちゃってー! あげぽよー!』


 ……俺の緊張を返して。


 人類史で神の声を聴いたって人達、みんなこれ聞いたんだろうか? だとしたら俺はもう一生宗教なんて信じられない。


「ジンちゃんこれ、俺の息子の涼一郎。俺とソフィアに似てるだろ?」


『おぉー! ほんとだほんとだ、総一郎ちゃんとソフィソフィにくりそつじゃん! あげぽよー!』


「おい涼一郎、ジンちゃんに挨拶しなさい」


「……ども」


 親父に小突かれ、仕方がなく頭を下げる。なんだこれ。


「ジンちゃん、今から訳あってエンテゲニアに行かなくちゃならないから、こいつにもテキトーにスキル見繕ってやってくんない? そんなに強くなくっていいからさ」


『おけまるおけまる~! 総一郎ちゃんとソフィソフィの子供ならきっと激レアなスキルが選ばれちゃうね! どんだけ~! ルーレットあげぽよ~!』


「親父、俺もう帰っていいか?」


 なんか異世界とか母さんとかもうどうでもよくなって来たんだが。


 というか、スキルってなんだよ。ルーレットで決まるのかよ。


『じゃじゃじゃんっ‼ 出ました! スキル名は〈異性とキスしたら3分間だけ無敵になる〉‼ うっわ、超激レアスキルキタコレ‼』


「はぁ?」


 異性とキスしたら3分間だけ無敵になる?


 なんだその一見チートっぽいけど使いどころに困りそうなスキル。


「ふむ、条件発動系スキルか。なかなかに面白いな」


「面白くねーよ」


「ジンちゃん、そのスキルの〈異性〉とはどのような定義で判定されるんだ? 例えば体は女でも心は男の場合は発動しないのか? 逆に体は男でも心が女の場合は――」


「真面目に分析してんじゃねぇ‼」


 完全に外れスキルだろ、これ! というかスキルってそもそもなんだ⁉ ゲームでよく見る特殊能力的な何かだと思っていいのか?


「ありがとう、ジンちゃん。ほら、涼一郎もお礼を言わんか」


「……あざっす」


 なんだこれ。


『んもぅ! そこはあざマル水産っていうところでしょ~!』


「は?」


 もうそろそろキレていい頃合いだと俺は思うんだよ。


『総一郎ちゃん、エンテゲニア色々大変そうだけど頑張ってねぇ!』


「忠告感謝する。ジンちゃん、今度またどこか飲みに行こう」


『おけまる~!』


 ……俺の親父が神様と飲み友だった件について。


「〈ゲート〉」


 親父が再び剣の先を前に向けると、目の前にトイレの時と同じ転移門が現れた。


 この先が、エンテゲニアか……。


「また会おう、ジンちゃん!」


 親父は扉を開き、左手を振りながらその向こうへと消えていった。


 俺はその後に続こうとして、


「そうだ。余計なお世話かもしれないっすけど、神の威厳とか色々台無しなんでもっと威圧感のある言葉遣いに直した方がいいっすよ」


『…………………………』


 神からの返事はなかった。


 怒らせちまったかな? まあ、怒っててもぜんぜん怖くねーけど。


「どうした、涼一郎。早くこっちへ来なさい」


「ああ、わかった」


 親父に呼ばれて転移門をくぐる。


 その時、背後から神の声がした。


『参考にさせてもらう。あざまる水産である』


 ……いや、やっぱり台無しじゃねーか。

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