第5話 俺の妹がこんなにかわいい

「えっと、ここがアメリア大図書館。王国で一番大きな図書館で、中には十万三千冊の魔導書や歴史書などが蔵書されています。それから……」


 俺は義妹であるユリアの案内で、アメリアという名の街を見て回っていた。


 アメリアを一言で表すなら、レンガ造りの建物が立ち並ぶ中世ヨーロッパのような街並みだ。


 中世ヨーロッパの街並みを引き合いには出したが、上下水道が完備されているらしいこの街では、二階の窓から糞尿が撒き散らされたりすることはない。衛生環境で言えばずっとこの街の方が綺麗なくらいだ。


 さて、俺は街を案内されながらずっと考えていた。


 この空気、どうしようってな。


「……わたしなんかと一緒じゃ、楽しくありませんよね」


 ふと、ユリアが立ち止まってそう呟いた。


 お屋敷を出てからというもの、俺たちの間に会話という会話はほとんどない。ユリアは伏し目がちに淡々と街の案内をするばかり。俺はというと、義妹という存在に戸惑ってしまい何を話せばいいかわからなかった。


「あー、いや。別に楽しくないわけじゃねーよ。俺が住んでた世界とは違って、珍しい建物ばかりで見ていて飽きねーし」


「そう、ですか……?」


「ああ。……っと、そうだ。腹減ってないか? 屋台か何かで飯でも食おうぜ。俺が奢る……って俺、この世界の金もってねぇじゃん!」


 何なら、元の世界に財布すら忘れてきていた。準備するタイミングはあったのにスマホだけ持って異世界転移とかアホなのか俺は!


「……くっそ、かっこつかねぇー」


「ふふっ」


 肩を落とした俺を見て、ユリアは口元に手を当てて微かに笑う。


 俺が思わず見つめていると、ユリアはハッとした表情を浮かべて謝った。


「ご、ごめんなさい! わ、笑うつもりはなくて……っ!」


「あー、いや。やっと明るい表情が見れたなと思って。屋敷で出会った時からずっと暗い顔してたから、俺の失敗なんかで笑ってくれて嬉しいよ」


 この手の失敗は笑われた方がマシまであるからな。逆に真顔でスルーされた方が辛い。


「そ、そういうものですか?」


「そういうもんなんだ。それに、暗い顔より笑ってる方が断然かわいいよ」


「か、かわっ……⁉」


 ユリアは驚いた様子で体を仰け反らせた。


 しまった、つい口が滑った。昔から自分が言われたいからと、かわいいと思ったら素直に褒めろなんて幼馴染たちに仕込まれたせいで、ついつい女子に「かわいい」と言ってしまう。あいつら、自分たち以外に俺が「かわいい」って言うと怒るんだよな……。


 半分口癖のようになっていて、無意識の内にユリアにまで言っていた。


 実際に超絶かわいいから訂正の必要は全くないのだが、ユリアは顔を真っ赤にして固まってしまっている。言われ慣れていないみたいだ。


「あー、その、すまんかった。いきなりかわいいとか言われたらびっくりするよな。距離感ミスった。すまん、ユリア」


「ゆ、ユリアっ⁉」


 ボシュっ‼ と頭から煙が出そうなくらいユリアの顔が真っ赤になった。


 肌が雪のように白いから、肌が赤くなるのが余計に目立つ。


 ユリアはふらふらとよろめいて倒れそうになって居る。


「だ、大丈夫か⁉」


 倒れかかったユリアを俺が慌てて抱き留めると、ユリアは俺の胸に顔を埋め、


「自分だけ、ずるいです。どうやって距離を埋めようか、わたしはずっと悩んでいたのに」


「ユリア……?」


 ぶつぶつと呟くユリアに、はてさてどう声をかければいいものか。


 石鹸のような清潔感にあふれる甘い香りが鼻孔をくすぐる。彼女の銀色の髪は日差しを浴びてきらきらと輝いていて、まるで本物の宝石のようだった。


「……ずっと、不安でした。母から義理の父と兄が居ると聞いて、どんな人なんだろうって」


「事前に聞かされてたのか」


 ユリアはこくりと頷く。


 何にも知らなかった俺とは違って、ユリアには時間があった。義理の父と兄に会う。その緊張や不安は相当なものだっただろう。俺がユリアの立場なら飯が食えなくなったかもしれん。


 それを思うと、不意打ちだった俺の方が気持ち的にはマシだったんだな。


「お義父さんは、母から聞いていた通り立派な勇者様で……。けど、わたしはたぶん嫌われてしまいました。わたしは、お義父さんの子供じゃないから……」


「あー……」


 親父、露骨にショック受けてたもんなぁ。別にユリアを嫌ったわけじゃないだろうが、ユリアからはそう見えてしまったかもしれない。


「あなたにも、ずっとどう思われているんだろう……って。どう接すればいいのかなって、悩んでいたのに。なのにいきなりかわいいとか、呼び捨てとか、距離をぐいぐい詰めてきてずるいです」


「そう言われてもなぁ……」


 というかユリア、俺から一向に離れてくれない。物理的な距離の詰め方で言えばユリアの方がぐいぐいだった。


 ……でも、そっか。ユリアも俺と同じように悩んでたんだな。


 いきなり出来た義兄と義妹。互いに距離感を測りあって、そのせいで気まずい雰囲気になってしまっていた。この空気をどうすればいいだろう。何を話せばいいだろう。悩んでばかりで前に進もうとすらしてなかった。


 こんなにかわいい妹に気を使わせて、何が兄だよ。バカじゃねーのか、俺!


 どうすればいいのかなんて簡単だ。俺から一歩、踏み出すだけじゃねーか。


「ユリア、俺に改めて街を案内してくれないか?」


「え……?」


「ユリアが好きな場所とか、好きな店とか、何だっていい。この街と一緒に、ユリアのことも知っていきたいんだ。……まあその、今日からお前の兄貴になったわけだからな。妹のことを、何にも知らないんじゃ立つ瀬がねぇっていうか……」


 ユリアは顔を上げると、俺を見つめてぱちくりと目を瞬かせた。


 俺はこっぱずかしくなって、そっぽを向いて頭を掻く。それのどこが面白いのかユリアはクスクス笑って、


「はい、喜んで!」


 俺の手を引いて、歩き出したのだった。

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