第11話 妹との距離感

 俺はとりあえず、ユリアを部屋に招き入れてソファに座らせた。しばらくすると彼女も落ち着いたようで、肌の色も幾分か白に近づきつつある。


 にしても、まさか親父とソフィアさんがなぁ……。


 ユリアのことで少し険悪になるかもと思ったが杞憂だったらしい。


 まあ、親父もまだ三十代だし、ソフィアさんなんて見た目二十代前半だもんな……。


 下手したら妹か弟が増えかねねぇぞ……。


「ユリア、落ち着いたか?」


「あ、はい。何とか……」


「何か飲むか……って言っても、この部屋に元々あったもんだけど」


「あっ。わたし、ハーブティ部屋から持ってきました」


 用意がいいなぁ。よく見れば、ユリアは枕の外にも本やら何やら色々抱えている。まるで夜逃げでもしてきたみたいだな。


「わかった。じゃあそれにしよう。俺も貰っていいか?」


「もちろんです。おにいちゃんに飲んでもらいたくてわたしの一番好きなハーブティを持ってきたんです。すぐに用意しますね」


「そりゃ楽しみだ」


 ユリアは部屋に備え付けてあったティーセットを使い、魔術で手早くお湯を沸かしてハーブティを注いだ。


「器用だな。ユリアは火と水の魔術系統が使えるのか?」


「あ、はい。一番得意なのは氷魔術系統ですけど、一通りの魔術系統は使えます」

「へぇー、さすがユリアだな」


「そ、そんなことっ、ないですっ」


 部屋の中にミントのような香りが広がる。ユリアの淹れてくれているハーブティの香りだろうか。


 ユリアはまた顔を真っ赤にして、ティーカップをテーブルに二つ並べ俺の隣に腰掛けた。肩と肩が触れ合うような近距離だ。石鹸のような甘い香りがハーブティの香りと混じって漂う。ドキドキしてしまいそうな匂いだ。


「えーっと、ユリア? ちょっと近すぎないか?」


「きょ、兄妹ならこれくらい普通です。この本にもそう書いてありました」


「そっか、書いてたのか」


「書いてます」


 いやどんな本だよそれ。


 内容が気になるんだが、俺この世界の文字読めないんだよな。言葉は通じるのに変な話だ。たしか、スキルツリーに〈解読〉ってスキルがあった。スキルポイントに余裕があれば取得するのもありだな。


 なんて考えながらティーカップを手に取って口元に持って行こうとすると、ユリアがじーっと俺を見つめてきた。


 の、飲みづれぇー……。


 かなりのプレッシャーを感じながらハーブティを一口飲む。


「ど、どうですか?」


「美味い。意外と飲みやすいな、これ!」


 初めに感じたのは甘味。次に鼻へスッと抜ける爽やかさがあった。


 まるでハッカ味の飴を溶かしたみたいな……なんて言ったら不味そうだな。とにかく好みは分かれそうだが、俺は好きな味だった。


「もしかして砂糖を入れてくれたのか?」


「は、はい! 飲みなれていない人はその方が飲みやすいかと思いまして」


「ありがとう、ユリア。すごく落ち着く味だ」


 もう一度口に含み、嚥下してふぅ……と息を吐く。この世界に来て、今が一番リラックスしている瞬間かもしれない。


「わたしも心を落ち着かせたいときに飲むようにしています。い、今みたいに……」

「お、おう。もう忘れろ?」


 どうやら酷くトラウマを植え付けられたらしいユリアは、ティーカップを両手に持ってぶるぶると震えだした。


 そんなユリアを落ち着かせようと彼女の頭に手を置こうとして、


「…………」


 俺はその手を引っ込めた。


「おにいちゃん……?」


 近くに座っているからさすがに隠せなかった。


 ユリアは不思議そうな顔で小首を傾げている。


「あー、いや。なんつーか」


 相手は妹なんだから、頭くらい撫でて普通だろとは思う。ユリアが俺のことを兄として好意的に見てくれていることは伝わってくるし、兄妹のスキンシップとして躊躇う理由はどこにもない。


 ただ、ふと思ったんだ。


「ユリア、俺のこと怖くないのか?」


 勇気を振り絞って尋ねた。


 無敵スキルによって人の範疇を越えた力を振るった俺を、ロズワルドたちは【化け物】と呼んだ。その言葉が今も脳裏にこびりついて離れない。


 俺もその通りだと思う。俺は俺自身が怖い。


 なのに、ユリアはこうして俺に近づいてくる。今も隣に座って、普通の兄妹みたいに過ごしている。


 怖くはないのか? 


 答えを知るのは怖い。


 けれど、尋ねずには居られなかった。


「…………おにいちゃんは、わたしが怖いですか?」


「は? いや、そんなわけないだろ。ユリアは俺の妹だし、俺のことを、自分を犠牲にして二度も助けてくれた。怖がる理由がない」


「じゃあ、その言葉をそのままお返ししますね」


 そう言ってユリアは笑う。


「おにいちゃんはわたしのおにいちゃんですし、わたしのことを守ってくれました。怖がる理由はありません。以上です。ご納得いただけましたか、おにいちゃん?」


「…………ははっ」


 敵わないな、ユリアには。


 返す言葉は何一つ思い浮かばない。笑うしかなかった。


「だから、その……。いいですよ、ちょっとだけ。頭、撫でてくれても」


 ユリアは頬を赤らめ、頭をぐいぐいと押し付けてくる。


 ……ったく、甘えたがりな妹だなぁ。


「ユリア、これからよろしくな」


「……はい。おにいちゃん」


 窓から差し込む月明かりが、ユリアの銀色の髪をキラキラと輝かせる。優しく触れるとその髪は天使の羽のように軽く、シルクのように滑らかだ。


 俺たちはいつしか眠ってしまうまで、他愛のない話に花を咲かせながら、兄妹の絆を少しずつ深めていった。



 そして翌朝。


「愛しているぞ、ソフィア!」


「わたしもよ、総一郎!」


 朝っぱらから両親のいちゃいちゃを見せつけられ、


「「うへぇ……」」


 俺たちは兄妹揃って呻き声を挙げるのだった。

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