断章①

第24話 それぞれの思惑

 白銀宮。白銀の間。


 涼一郎と総一郎がダグラス荒野に向かった後、ソフィアは執務机で膨大な量の報告書と向き合っていた。アウグス王国第二の都市アメリアは交通の要衝であり、その領主であるソフィアのもとには内外から常に様々な情報が集まってくる。


 その内の一つ。


 中央から今朝届いた書状にソフィアは眉をひそめていた。


「身柄の引き渡し要請……。あまりにも早すぎる」


「どうされましたかな、ソフィア様」


 傍に控えていた老齢の男性がソフィアに訊ねる。彼は古くからアウグスティス王家に使えるセブルスという名の男で、ソフィアが幼い頃から彼女の使用人として付き従ってきた古株だ。


 総一郎を除けば誰よりも信頼熱い好々爺に、ソフィアはため息を吐きながら書状を見せる。


「おやおや、これは……。頼んでもいないのに尻尾を見せましたな」


「よほど彼らを捕まえられると都合が悪かったのでしょうね」


「宰相ルシウス……。あの者が王家の転覆を……?」


「この書状が本物ならば、ね」


 書状には王国の今の宰相ルシウス・アムダの署名と、王族殺害未遂の重罪人の即刻身柄引き渡しを要請する書面が記されていた。


 王都とアメリアは早馬で半日あれば着けるほど近い。とはいえ、昨日の夕暮れ時に起こった事件が昨日の内に王都へ伝わり、あまつさえ翌日に身柄の引き渡し要請とはあまりにも性急だ。


 これでは自分が裏で糸を引いていますと言っているようなものである。


(ルシウス。あなたが涼一郎とユリアを……?)


 ソフィアにはどうしても腑に落ちない部分があった。


 ルシウス・アムダ。


 かつて勇者パーティーとしてともに魔王と戦い、苦楽を共にした戦友。


 彼の人となりは理解している。王家への忠誠厚く、国のために身を粉にして働く彼が、果たして王族の殺害に関与するだろうか。


「……セブルス、調べてほしいことがあるのだけど」


「何なりとお申し付けください、ソフィア様」


 いくつかの指示を与えると、セブルスは白銀の間から去っていく。


 残されたソフィアは山積みになった報告書を前にため息を吐いて肩をたたいた。肩も腰も体中の至る所が長年の執務で凝り固まっている。


「今日も総一郎にマッサージをお願いしないと……」


 ソフィアは悲鳴を上げる体に鞭を打ちながら、事務作業に手を付け始めるのだった。


――――――――――――――――――――


「勇者の威を借る女狐め‼」


 アメリア領主、ソフィア・アメリアーナ・アウグスティスからの返答を受け取った壮年の男は書状をくしゃくしゃに丸め壁に叩きつけた。


「なんと書かれていたのだ、レギウス」


 その様を窓枠にモタレカカッテ見ていた白髪の男が尋ねた。レギウスと呼ばれた男は憤慨した様子で答える。


「容疑者への取り調べが済んでいないため引き渡しには応じられないと書いておった! 彼奴め、中央の決定を蔑ろにするつもりか‼」


「ルシウスの名を語ったのがまずかったのではないか? 奴とソフィアは勇者パーティーの戦友。人となりは理解しておるだろう」


「ぐっ……。ルシウスの名を語れといったのは貴様だぞ、フォスラ! 計画が破綻したらどうしてくれる⁉」


 焦りと苛立ちを孕んだ形相でレギウスが睨みつける相手は、椅子に腰かける小さな少年の姿をした、得体の知れない何かだ。


「ボクは君たちがルシウスを邪魔に思っているから、ルシウスの名を語って注意の目を向ければいいんじゃないって提案しただけだよ。採用したのは君たちだし、気を急いて不自然な書状を送ったのは君だ、レギウス」


「フォスラの言うとおりだ。今回は貴様の失態だな、レギウスよ」


「黙れポンペイウス……!」


 レギウスに睨まれ、ポンペイウスという名の男は肩をすくめてみせる。


「ま、しばらくはおとなしくしておいた方がいいだろうね。こちらも不測の事態が起きてしまった。しばらく時間がかかりそうなんだ」


「不測の事態だと……?」


「君たちには関係のない話だよ」


 フォスラという名の少年の姿をした何かは不気味に笑う。


 レギウスとポンペイウスはそれ以上の追及をすることができなかった。


――――――――――――――――――――


 エンテゲニアにおいてかつて魔王軍が支配していた地域がある。勇者による魔王討伐後、ほとんどの地域が人間の入植を受けたが、人間の支配が及ばない地域も幾つか残されていた。


 その中の一つ、険しい山中に建てられた古代の神殿に彼らは集っていた。


「アドラスが消滅したという話だが、ウィネよ。それは確かなのか」


 獅子の頭を持つ一つ目の魔人族――バルバスが、水晶玉を抱えた少女に問うた。

ウィネと呼ばれた少女の姿の魔人族は静かに頷く。


「確か。アドラスの魂は輪廻転生から外れ消滅した」


「我らを殺す者が現れたというのか……!」


 そこに集まった者たち……デーモン31柱の面々に動揺が広がった。


 魔人族は魔王によって生み出された不死の存在。たとえ身が朽ちようとも、魂はいずれ受肉し再び強大な力を得る。


 この場にも勇者によって身を滅ぼされ、再び受肉した魔人族が何人か居た。


 再びこの世界を訪れた勇者に復讐せんと牙を研いでいた彼らだったが、まさか自分たちを滅ぼすことができる何者かが現れるとは全くの想定外である。


「その者は何者だ。アドラスは何に殺されたのだ?」


「不明。アドラスが千里眼を阻む結界を張っていた」


「またいつもの人形遊びにでも興じておったか……」


 アドラスの趣味は31柱全員が知るところだ。邪魔を嫌って結界を張っていたのだろうが、その最中で殺されていては滑稽としか言いようがない。


「ただ、付近に勇者の反応があった。もしかすると」


「またあの男が我らの前に立ちはだかるか」


 金色の鎧をまとい、黄金の剣を振るう人類の希望。魔人族の宿敵。ここ十数年この世界を離れていた勇者が、魔人族を滅ぼす術を得て戻ってきたのだとしたら。


「急がねばならぬ。アドラスに任せていた駒の準備はどうなっておるのだ?」


「予定の3割ほど。まだまだ数が足りない」


「彼奴め、ほとんど進んでおらぬではないか! 人間どもの元へ潜入させたフォスラはどうしておる」


「そちらも邪魔が入ったらしい」


「何たる様だ‼」


 バルバスの慟哭に神殿が震え砂煙が舞う。ウィネはけほけほと咳き込みながら、さらなる報告をする。


「勇者がこちらの世界に来た時に現れた扉、その向こうに偵察に出たフルレアとの連絡も途絶えた」


「……何たる様だ」


 バルバスは頭を抱えた。


 デーモン31柱の悲願、魔王の復活は遠のくばかりであった。


――――――――――――――――――――


 どこかの世界のどのかの国。多世界籍企業〈グローバルカンパニー〉の本社ビル最上階にある社長室で、椅子にふんぞり返る少女が一枚の報告書を片手に笑みを浮かべている。


「いかがされましたか、社長」


 傍に控えるスーツ姿の青年が尋ねると、少女は報告書を見つめながら答える。


「総一郎の息子、なかなか面白いスキルに目覚めたらしい」


「〈異性とキスすると3分間だけ無敵〉……ですか」


「面白いだろう?」


「自分からは何とも」


 いつまでも口元をにやけさせている少女とは対照的に、青年は顔色一つ変えない。そんな反応を見てつまらない奴だなぁと少女は唇を尖らせる。


「お前と総一郎の子供、どっちが強いだろう?」


「試してみなければわかりません」


「そりゃそうだ」


 少女はくるりと椅子を回して立ち上がると、青年と向き合う。


「総一郎がへまをしでかした。どうやら〈エンテゲニア〉の魔人族が日本に転移したらしい。現地スタッフでは手も足も出ないだろう」


「承知いたしました。自分が直接出向きましょう」


「よろしく頼むよ、比呂」


 少女はにっこりと微笑む。


 比呂と呼ばれた青年は両手にグローブをはめ、社長室から去っていった。


 その背中を見送った少女は呟く。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。期待しているよ、隼垣涼一郎」

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