第33話 綺麗ごと

 昼食の後もしばらくアミューズメント施設で遊んだ俺たちは、それから近くの寺社仏閣を幾つか回って夕暮れ頃に駅前で解散することになった。


「隼垣さん、またモロッコに行っちゃうんスよね……。次はいつ頃帰って来るんスか?」


「そうだな……。正直、ちょっとわからん。しばらく帰れないかもしれない」


 帰って来ようと思えば親父に言えばすぐに帰れるとは思うんだが、あんまり行き来していい感じじゃなさそうなんだよな。


 親父の裁量で〈エンテゲニア〉と行き来できるなら、とうの昔に俺はユリアやソフィアさんと出会っていたはずだ。


「そッスか……。久しぶりに隼垣さんと遊べて楽しかったッス」


「俺もだ、和樹。また稽古をつけてくれるか?」


「もちろんッスよ! そんじゃ、隼垣さん。ユリアちゃんも。今日はお疲れっした!」


「またな、和樹」


「さ、さようなら」


 和樹はニカッと笑って手を振りながら、フルレアさんと並び歩いて去っていく。


 フルレアさんはこちらを伺うような目を向けてきたが、俺たちが何もするつもりがないとわかったのか小さく会釈をして和樹と共に去って行った。


「いっちゃいましたね」


「だな。俺たちも帰るか」


 そろそろ日が暮れる。〈エンテゲニア〉に戻るのは夜だって話だから、親父たちもそろそろ帰って来る頃合いだろう。


 家路をユリアと並び歩きながら、俺はふと後ろを振り返った。


 誰かが居るわけでもない。来た道が続いているだけだ。


「気になりますか、フルレアさんのこと」


「まあな……」


 ユリアに問われ、俺は素直に首肯する。


 結局、俺たちはフルレアさんを見逃した。この選択が正しいのか、それとも間違っているのか、今も答えはまとまっていない。


「なあ、ユリア。〈エンテゲニア〉で魔人族ってどういう扱いなんだ?」


「魔王が作り出した悪魔。残虐非道の化け物。出会ったら無残な殺され方をする前に自分で首を切って死になさい。……なんて、小さい頃に通っていた学校の先生たちは言っていました」


「散々だな……」


 まあ、アドラスを思えばあながち間違ってねぇようにも思うが。


「でも、お母さんは少し違うことを言ってたんです。魔人族にも心があるんだから、いつか人と魔人族が分かり合える世界が来るかもしれない……って」


「人と魔人族が分かり合える世界、か」


 アドラスの印象が悪すぎて綺麗ごとにしか聞こえないんだよなぁ……。


 でも、和樹とフルレアさんを見ていたら可能性がまるっきりねぇとは言い切れない。


「わたしは、おにいちゃんの判断が正しいと思います」


「フルレアさんを見逃したことか?」


「はい。やっぱり、おにいちゃんは優しいです」


 そう言ってユリアは微笑む。


 優しい……とはちょっと違うと思うぞ。


 フルレアさんをまだ100%信用したってわけでもない。彼女には俺たちに話していない目的があってそのために和樹を利用している……なんてこともあるかもしれないだろ。


 ただ、仮にそうだったとしても。


 和樹は俺がフルレアさんを倒すことを望むだろうか。


 ……そんなわけがねぇんだよなー。


 俺は結局、和樹から想い人を奪いたくなかっただけだ。


 和樹に恨まれるのが怖かったと言ってもいい。


 どうすりゃよかったんだろうな、本当に。


 しばらく悩みながら歩いて家の前まで来ると、玄関先に親父やソフィアさん、皆月や杏璃の姿まであった。


「りょー君! よかった、無事だったんだね!」


 俺の姿を見つけた杏璃が真っ先に駆け寄ってくる。


 どうしたんだ、いったい。


「涼一郎! ユリアも一緒ね!? ……ったくもぅ、心配させないでよ!」


「あ、あの。なにかあったんですか?」


「魔人族よ! こっちの世界に潜伏してるらしいわ!」


「「――っ」」


 皆月の言葉に俺とユリアは息を呑む。


 それって、もしかして……。


「涼一郎、ユリア。無事で何よりだ。心配していたんだぞ。電話をしたら杏璃ちゃんが出て家にスマホを忘れて遊びに出かけたと聞いてな」


「親父、魔人族が潜伏って」


「ああ。どうやら父さんがしまい忘れていた〈ゲート〉を通ってこっちの世界に潜伏していたらしい。これは始末書じゃ済まされないかもしれん……」


「んなことはどうでもいいんだよっ! その魔人族はどうなるんだ⁉」


「ん? ああ、先ほど潜伏先を発見したと会社から連絡があった。私では周囲に被害が及ぶ可能性があるからな。別の担当の者が現場に向かったと聞いている」


「担当って、何しに行ったんだよ……?」


「何しにって、魔人族からこの世界を守りに行ったに決まっているだろう?」


 親父はさも当然のことのように言う。


「この世界には魔術もスキルもない。魔人族一体でも十分な脅威だ。急いで対処しなければ取り返しのつかないことになりかねない」


「……殺すのか」


「確か魔人族は肉体を失っても魂が残る限り再び受肉をするのだったな。安心しろ、涼一郎。既に会社には報告済みだ。おそらく相応の対策をしてことに当たっているだろう」


「――ッ‼」


 殺すつもりだ。


 親父も、親父の会社も、フルレアさんを魔人族だからと、この世界から排除するつもりでいる。魂すら残さず、消滅させるつもりで居る。


「おにいちゃん……っ」


 ユリアが俺の服の袖を掴んで引っ張った。


 ……ああ、そうだな。


「悪い、親父。野暮用ができた。すぐ戻る!」


「お、おい! 涼一郎!? ユリア!?」


 俺とユリアは親父たちを残して駆け出した。


 今日一日、一緒に過ごした二人の姿が脳裏に浮かぶ。


 楽しそうに笑う和樹と、幸せそうに微笑むフルレアさん。


 フルレアさんは確かに魔人族で、危険な存在かもしれない。


 だけど、たったそれだけのことで理不尽にあの二人から笑顔が奪われてしまうなら。


「させてたまるかよ……っ!」


 俺はその理不尽を、更なる理不尽で塗り潰す。

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親父の転勤で異世界へ行くことになったんだが、女の子とキスすると3分間だけ無敵になるスキル貰った KT @KT02

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