第2章 幼馴染たちまで異世界転移してきた件

第12話 失踪した幼馴染

『親父の転勤で異世界へ行くことになった。しばらく学校休むわ』


 このチャットを最後にあたし――水瀬皆月(みなせ・みなつき)の幼馴染は失踪した。


 ……いやまあ、昨日の昼前からチャットに既読がつかなくなったってだけなんだけど。


 さすがに意味不明過ぎて何度かチャットを送ったし、電話もかけた。なんなら家電までしたのに連絡がつかなかった。


 そして翌日の朝。週明けの月曜日。


 登校したあたしは、校門前で立ち止まってあいつの姿を探してしまう。


 隼垣涼一郎。


 あたしの幼馴染の一人だ。


 焦げ茶色に染めた髪に中背中肉。当てはまる男子生徒は何人かいるけど、涼一郎のように西洋っぽさのある顔立ちは見当たらない。


「……ったく、学校サボるにも少しはマシな理由を考えなさいっての」


 改めてチャットを見返してあたしはため息を吐いた。


 異世界って、中二病かっての。いや、今の流行を考えたらなろう病かしら。


 どっちにしても、学校を休む理由がテキトーすぎるわ。今日は英語の大事な小テストがあるって話、昨日だってしてたのに。


 せっかくあたしが教えてあげたのに……まったく。


 結局、予鈴が鳴っても涼一郎は姿を現さなかった。


「あーもうっ! あんな奴知るか!」


 あたしは頭を掻きむしって、教室に急ぐことにした。


 これで教室に居でもしたら金玉蹴り潰してやる! 


 なんて考えながら靴を履き替えて廊下を進むと、教室の前でもう一人の幼馴染に出会った。


「あっ! みなちゃん!」


「おはよ、杏璃」


 あたしを見て駆け寄ってくる幼馴染に、あたしは軽く手を挙げて挨拶する。


 彼女の名前は館川杏璃。あたしのもう一人の幼馴染だ。


 艶やかな薄茶色の髪のショートボブが今日もかわいい。彼女はクリーム色のカーディガンを制服の上に着ていて、長めの袖からちょっぴり指先を出しているのが何ともいじらしい。


 そして何より目を引くのが胸元! 制服の上からでもわかる二つの膨らみは今日も絶好調だ。


 あたしが両手を前に突き出して受け入れ態勢を整えていると、杏璃は直前で急ブレーキをかけて立ち止まった。


「なにその手⁉」


「いや、受け止めた流れで揉みしだこうかと思って」


「みなちゃん欲望が垂れ流しになってるよっ⁉」


 杏璃は頬を赤らめると自分の肩を抱いて胸元を隠そうとする。


 すると下へのガードが疎かになるのでスカートの中が覗き放題だ。


「へぇー、今日は黒なのねー。杏璃、あんたには少し早すぎるわよ?」


「みなちゃんのバカっ‼ へんたいっ‼ セクハラおやじっ‼」


 杏璃は目じりに涙を浮かべてあたしをぽこぽこと叩いてくる。ぜんっぜん痛くないけど本人は本気で叩いているつもりらしいから驚きだ。


「ごめん、ごめんって杏璃。そんなに怒んないでよ」


「んもぅっ! りょー君が居なくなっちゃったのにどうしてみなちゃんはいつも通りなのっ!?」


 杏璃の詰問にあたしはハッとした。


「……涼一郎、教室にも居ないんだ」


「うん。昨日のチャットから既読もつかないし、電話しても全然つながらないし。家にも直接かけたんだよ? それなのに総一郎さんも出てくれなくて……」


 杏璃も家電してたのね……。


 総一郎さん……涼一郎のお父さんは昔から休日を家の中で過ごしていることが多い。


 だから日曜日に家電するとだいたい総一郎さんが出てくれる。


 スマホを買ってもらう前は、いつも家電で総一郎さんに涼一郎を呼んでもらっていた。


 連絡がこまめな涼一郎の既読がつかないのも珍しければ、休みの日に総一郎さんが電話に出ないのも珍しいのよね。


「りょー君のチャット、お父さんの転勤って総一郎さんのことだよね? 異世界ってどこのことなんだろう……?」


「ただの言葉遊びだとは思うけど、まさか本当の異世界ってわけないし」


 オチとしては風俗とかキャバクラとか、そういう未知の世界のことを異世界って言ってる可能性はあるわよね。仮にそうだとしたら絶交だけど。


「私、りょー君のこと探しに行く」


「は? ちょっと、杏璃? 学校はどうするのよ⁉」


 どこかへ走り出そうとする杏璃の腕を慌てて掴む。


 この子まさか、学校を休んでまで涼一郎を探しに行くつもりなの? どこに居るかもわからないのに。


「もしかしたらりょー君、家で倒れてるのかも。総一郎さんも一緒に!」


「いや、さすがに心配し過ぎよ」


 有毒ガスでも発生させなきゃそんなことにはならないし、なってたらもうとっくに手遅れだわ。


「落ち着きなさいよ、杏璃。涼一郎のことだから、どうせ二三日ほど経ったらひょっこり顔出すわよ」


「でも、……嫌な予感がするの」


 胸に手を置いて、杏璃は不安に表情を曇らせる。


 うげっ……。杏璃の嫌な予感ってすごく当たるのよね。


 例えば小学校の修学旅行で旅館に泊まった時、杏璃だけ嫌な予感がすると夕飯を一口も食べようとしなかった。そしたら集団食中毒が発生して杏璃以外全員が地獄のような苦しみを味わったりだとか。


 あの時のトラウマであたしは今でも生魚が食べれなかったりする。


 そんな感じで、杏璃の嫌な予感には嫌な思い出しかない。


 今回もそれが当たるのだとしたら……、


「……あーもう、わかったわよ。あたしも行くわ。杏璃一人じゃ不安だし、涼一郎には文句の一つも言ってやりたいもの」


「いいの? ありがと、みなちゃん!」


「その代わり後で胸揉ませなさいよね」


「……みなちゃんのへんたい」


 なんて感じで、本鈴鳴り響く校舎をこっそり抜け出して、あたしたちは涼一郎を探しに出かけたのだった。


 ……そういえばあたし、今日まで無遅刻無欠席で皆勤賞だったのよねー。


 まあ、いいか。



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