第16話 再会
「なに⁉ 杏璃ちゃんがこっちの世界に来ているだと? それは本当なのか、涼一郎」
「……ああ、間違いねぇよ」
親父は俺の手の中にある合鍵を見て表情を硬くする。この鍵はそもそも、親父が杏璃と皆月にわざわざ渡したものだ。見間違えはしないだろう。
「まさか、杏璃ちゃんが本当にこちらへ来てしまったとは」
……たぶんだが、皆月も一緒のはずだ。
あいつが杏璃を放っておくわけがねぇからな。
あいつらは一蓮托生というか、常に二人で行動する傾向が強い。といっても皆月が杏璃に振り回されるパターンがほとんどだが。
俺のチャットを見て様子を見に来てくれたんだろうか。くそっ……。もう少し時間があればまともな文面を打てたんだが。今思い返すとただの怪文書じゃねーか。
ただ、皆月が一緒だとしたら少し様子がおかしい。
あいつは俺や杏璃よりも頭が回る。いきなりこんな荒野に出て、あてもなくさ迷い歩くとは思えない。
こんな鍵一本でなく、何かもっとわかりやすい物を残していくはずだ。そうすれば自分たちがこの世界に居ると、俺がここに戻ってきた場合に伝えることができる。それくらいは考えつくだろう。
そうしていないところを見るに、皆月は一緒じゃないのか……?
それとも……、
「ふむ……。涼一郎、その鍵を父さんに貸してくれないか。杏璃ちゃんの居場所をスキルで〈検索〉する」
「検索? 杏璃の居場所がわかるのか⁉」
「スキル〈探知〉と〈追跡〉を併用すればルートガイドまで可能だ」
グーグル〇ップかよ。
親父に鍵を渡すと、鍵をつかんだ親父の手がわずかに光って見えた。
「……見つけた。だが、これは……!」
親父が目を見開く。杏璃に何かあったのか⁉
「ここから千キロ近く離れている。とても〈転移〉なしでは移動できる距離ではないぞ」
「どういう意味だ……⁉」
「彼女自身がジンちゃんから与えられたスキルか、それとも何者かに〈転移〉させられたか。場所は……【龍の枯れ山】、ダークドラゴンの生息域だと⁉」
あの黒いドラゴンの生息域……⁉
なんだってそんなところに杏璃が居るんだよ!
「……不味いな。杏璃ちゃんの反応が微弱だ。何かがあったのかもしれん」
「なにかってなんだ⁉ 杏璃は無事なのかよ⁉」
「わからんが急いだほうがよさそうだ。〈転移〉‼」
親父が叫んだと同時に光に包まれ視界が変わる。
やっぱり触らなくても転移できるんじゃねーか‼ というツッコミをしている余裕はなかった。
目の前に、大量のダークドラゴンが待ち構えていたからだ。
「なんだこの数は……!」
龍の枯れ山というだけあって、山体は岩肌が剥き出しとなり草木は枯れ果てていた。そんな地形に何十体ものダークドラゴンがとぐろを巻いている。
そいつらは俺たちの転移に気付いたのか一斉に顔を上げた。
「……さすがにこの数は父さんでも手こずる。涼一郎、これを使え」
何かのスキルだろうか、親父は虚空から鞘に納められた剣を取り出すと俺に手渡してきた。
「これを使えって、俺にも戦わせるのかよ⁉」
無敵スキルが発動している状態ならともかく、今の俺はレベル3の普通の男子高校生だ。こんな剣一本で二十メートルはあるダークドラゴンと戦えるわけがない。
「違う。ダークドラゴンは私がひきつける。その内にお前はあの洞窟へ向かえ」
親父が指をさした先、100mほど先の岩場に亀裂のような隙間がある。人一人がやっと入れる狭さだ。
「あの先に杏璃ちゃんが居るはずだ。いいか、涼一郎。死ぬ前に必ず杏璃ちゃんの元へたどり着け。そうすれば、お前ならどのような状況も引っ繰り返せる」
「……っ!」
スキル〈異性とキスしたら3分間だけ無敵になる〉。
発動条件も、スキルの代償もくそみたいな欠陥スキル。
けれど、この力でしか助けられないというのなら。
「急げ、涼一郎!」
「ああ! ドラゴン引き付けとけよ、親父‼」
俺は親父から渡された剣を強く握りしめ、岩場の洞窟まで一気に走る。ダークドラゴンはまるで亀裂へ近づくのを嫌がるように俺の前へ立ちはだかるが、その全てを親父が薙ぎ払う。
頼んだぞ、親父……!
ドラゴンの執拗な攻撃を親父がすべて跳ね除ける中、俺は岩場の洞窟へ飛び込んだ。
天然の洞窟かと思ったが、中には明かりがあった。壁や足場にも人の手が加えられたような跡がある。
まるで遺跡だな……。
この手の遺跡にありがちな罠が仕掛けられているかもしれない。急ぎたい気持ちを抑え込んで、俺は慎重に足を進めた。
通路は常に下り坂になっていて、どれだけ下がっていっただろうか。やがて大きな空間に行き着いた。
何かを祭る祭壇か……。周囲には白骨化した死体が幾つも転がっている。
そして、見知った後姿があった。俺が通う高校の制服を着た、長く艶やかな黒髪を後頭部で一房に結った少女。水瀬皆月だ。
やっぱり一緒だったか!
「皆つ――」
呼びかけようとした俺は、気付く。
彼女が右手に持つ刀から、赤い液体がぽつぽつと滴り落ちているのを。
そして、見つける。
「――ッッ‼‼」
皆月の向こう、体中を無惨に切り刻まれ、血だまりに沈む杏璃の姿を。
俺に気付き振り返った皆月は、焦点の合わない双眸からぼたぼたと涙を流しながらこう言った。
「あたしを殺して、涼一郎」
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