第13話 トイレに神様

 涼一郎を探すと言っても手掛かりがないあたしたちは、とりあえずあいつの家を訪ねてみることにした。


 あたしと杏璃の家からも近い、木造二階建て住宅。そこで涼一郎は父親の総一郎さんと二人暮らしをしている。


 幼馴染になった時から、涼一郎には母親が居なかった。そのことで小学校の頃は嫌な思いをしていたみたいだけど、強がりなあいつはあたしたちに一切の弱音を吐かなかった。


 良いカッコしいというか、我慢に慣れているというか。涼一郎が母親や容姿のことで虐められていたことをあたしたちが知ったのは中学に入ってからのことだった。


 本人はもうとっくに過去のことだと割り切っていて、あたしは沸き上がってきた怒りの向かう先を見つけられず涼一郎に当たった。ちょっと理不尽だったかもと今は反省している。


 そんな昔のことを思い出しながら辿り着いた隼垣家。駐車場には総一郎さんの車が置きっぱなし。庭には洗濯物も干してあった。外出してるようには見えないわね。


 インターホンを押してみたけど、待っても反応が返ってこない。


 まさか本当に家の中で二人そろって倒れてるんじゃ……。


 あたしと杏璃は顔を見合わせ、家の中に入ってみることにした。


 総一郎さんから「いつでも遊びに来なさい。涼一郎のことを頼んだよ」と渡されていた合鍵で扉の施錠を開く。


 家の中は明かりが消えていて薄暗く、物音ひとつしなかった。


「りょーくぅーん! そういちろうさーん!」


「迎えに来たわよ、涼一郎!」


 玄関から呼び掛けてもやっぱり返事がない。こりゃマジで死んだか?


「みなちゃん、トイレ」


「なによ、おしっこしたいなら借りればいいでしょ?」


「そうじゃなくて」


「大きい方?」


「そっちでもないよっ! 見て、みなちゃん! トイレの扉! いつの間にかリフォームしたみたい!」


 杏璃に促されて見ると、確かに玄関入ってすぐ横のトイレの扉が変わっていた。


 というか、なにこれ?


 木造二階建ての家のトイレの扉が、西洋風の荘厳な両開き扉になっている。


 明らかに浮いていた。何をどう思ったらトイレの扉だけこれにリフォームしようとするのよ。さすがにちょっと理解が追いつきそうにないわ。


「これ、中どうなってるのかな⁉」


「確かにこの見た目だと期待が膨らむわね」


 まさか扉だけリフォームしたわけじゃあるまいし、きっと中身もすごいことになってるはず。あたしと杏璃は顔を見合わせると、期待に胸を膨らませながら扉を開いた。


「えっ?」


「なによこれ」


 そこは真っ白な世界だった。便座も紙もどこにも見当たらない。少し遠くに今あたしたちが開いた扉と同じ扉があるだけの空間。


 あたし、幻覚でも見ちゃってるの……? もしかして有毒ガスを気づかない内に吸っちゃったとか……。


「みなちゃん、トイレがない!」


「見りゃわかるわよ……」


 というか、杏璃にも見えてるのね。


 人差し指の腹を親指の爪と中指で抓る。痛みは確かにあって、幻覚や夢というわけじゃなさそうだった。


 もしかしてこれが異世界……?


「みなちゃん、あっちの扉行ってみようよ」


「あ、ちょっと! 待ちなさいよ、杏璃!」


 杏璃は真っ白な世界に踏み入ってとことこと歩いて行ってしまう。床があるかすらわからないのによく行けるわね!


 あたしはおっかなびっくり白い世界に入って杏璃を追いかけた。


「あの扉以外に何にもなさそうだね」


「ったく、何なのよここ」


『ここは神域である』


「「きゃぁっ⁉」」


 唐突に聞こえてきた声に、あたしと杏璃はびっくりして声をあげた。


 な、なに……⁉


 脳内に直接響くような、性別も年齢もわからない中性的な声。周囲を見渡してその声の主を探すけど、どこにも見当たらない。


『我は神である』


「か、神様……?」


「嘘でしょ……?」


 姿の見えない声の主。脳内に直接響くような声。どこまでも広がる純白の世界。


 まさか、本当に神様?


 あたしは緊張に思わず生唾を飲んでしまう。


『親しみを込めてジンちゃんと呼ぶがいい。あげぽよである』


 ……あたしの緊張を返せ。


「みなちゃん、神様だって。トイレの神様だよ」


「杏璃たぶんそれは違う」


 というか神様かどうかすら怪しい。


『JKキタコレである。何用でここへ参った』


「ジンちゃん、わたしたちりょー君を探してるんです。どこに行ったか知りませんか?」


 ジンちゃんってあんた順応早いわねぇ……。


『りょー君ならエンテゲニアにいるのである。わろたにえんである』


 笑うな。というかエンテゲニアってどこよ!


 ……まあ、たぶんあの扉の向こうでしょうね。何となく察しはつく。


「あたしたちは涼一郎を探しに行くわ。通してもらえるわよね?」


『おけまる水産である。だが、そのままではやばたにえんである』


 通ってもいいけど危険ってこと……? いちいち翻訳するの面倒だから普通に喋ってくれないかしら。


『水瀬皆月、館川杏璃。其方らにスキルを授けるのである』


「……っ」


 あたしたち、一言も自分の名前を言ってない。


 心を読まれた? それとも本当に神様……?


『ルーレットスタートである。何が出るかな何が出るかなふふふふんふんふふふふん』


 こんな世俗的な神様が居てたまるか。


『じゃじゃじゃん! キタコレである。水瀬皆月、スキル〈創造〉。館川杏璃、スキル〈慈愛の心〉』


 …………とくに何も起こらない。というかスキルって何よ。ゲームじゃあるまいし。


『エンテゲニアはやばたにえんである。気を付けるのである』


「忠告どうも。行くわよ、杏璃」


「あ、うん! またね、ジンちゃん」


 杏璃の手を引いてとっとともう一つの扉に向かう。


 ここに居たら精神的に疲れるわ。


 そうして通り抜けた扉の先で、


「くふふふっ! おやおやまあまあ。使役していたダークドラゴンの反応が消えたので来てみれば、まさか異世界人に遭遇するとは。ついていますねぇ、ついていますよぉ」


 あたしたちを出迎えたのは、フクロウ頭の怪人だった。

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