第29話 買い出し
「それで涼一郎、夕飯どうするの?」
ソファに座ってスマホをいじっていた皆月が、首をもたげて尋ねてくる。
どうするって言われてもな……。
一週間も家を留守にしちまったからな。冷蔵庫の中はあまり見たくない。
どこかに食べに行くか、出前を取るか。スーパーで出来合いの物を買ってきてもいい。
「私、りょー君のカレー食べたい!」
と、フローリングにぺたりと座って折り紙で遊んでいた杏璃が挙手する。
カレーか……。
白銀宮での食事は日本食も多かったが、さすがにカレーまでは出てこなかった。もしかすると〈エンテゲニア〉じゃカレーに適した香辛料が見つからなかったのかもしれない。
一から作ると手間がかかるし、レトルトでも買ってくるか。
なんて思っていたんだが……、
「カレー、ですか……?」
「うん! りょー君が作るカレー、甘口ですっごくおいしいんだよ!」
「おにいちゃんのカレー! た、楽しみです……!」
ユリアはカレーをよくわかっていないようだが、杏璃の言葉に感化されて期待のまなざしを俺に向けてくる。
これ、レトルトじゃダメな雰囲気だな。
「いいんじゃない、涼一郎カレー。あたしも久しぶりに食べたいわ」
「皆月にまで言われちゃ作らないわけにもいかねぇか」
小学生の頃、親父が出張で家を留守にする日には、よく皆月と杏璃が泊まりに来て俺がカレーをふるまったものだ。
こういうのって普通何かしら作って持ってきてくれるものだと思うんだが、こいつらの場合はカレーの具材だけ持ってきて俺に作らせるんだよな。
ところで皆月。涼一郎カレーって言うのやめろ。
カレーを作るにあたり買い出しに出かけることになった。
話し合いの結果、買い出し担当は俺と皆月。
杏璃とユリアには白米の準備と冷蔵庫内の生鮮食品の処分を頼んだ。ちょっと心配だが、まあ大丈夫だろう。
近所のスーパーへ向かう道すがら、
「涼一郎、ちょっと本屋に寄っていいかしら?」
と皆月に尋ねられた。
「別に構わねぇけど、漫画の新刊でも出たのか?」
「違うわよ。いいからちょっとついて来なさいってば」
「あ、ああ」
皆月に引っ張られ、スーパーに隣接する書店に足を運ぶ。
彼女が向かったのは漫画やライトノベルコーナーのさらに奥。
小説や漫画を描く人たち向けの、神話集や用語集を集めたコーナーだった。
こんなところに何の用だ……?
「あったあった。これが欲しかったのよね」
そう言って皆月が手に取ったのは、銃器の専門書。
「ネットで調べたらこれが一番よさそうだったのよ。置いてあるか不安だったけど、けっこうあるものなのね」
「皆月、これってもしかして」
「そ。あんたがいっそ銃でいいんじゃねーか? なんて言うからちょっと本気で考えてみたのよ。これだけ詳しく書いてあったらイメージもしやすいでしょ?」
「なるほど、考えたな」
皆月のスキル〈創造〉は物質を作り出すときに頭の中で明確なイメージの組み立てが必要になる。逆に言えば、こういった専門書の知識さえ頭に詰め込んでしまえばなんだって創れるということだ。
昨日は思い付きでああ言ったが、実際に銃器は皆月のスキルと抜群に相性がいい。なんたって弾切れの心配がないからな。無尽蔵の弾薬庫を背負って歩いているようなもんだ。
問題は銃を使いこなせるかどうかだが、
「子供の頃に何回か撃ったことがあるからたぶん大丈夫よ」
「撃った経験あるのかよ」
さすがアメリカからの帰国子女。
皆月は銃の専門書の他にもガンファイトの解説書やアウトドア雑誌など幾つかの役に立ちそうな書物を購入した。結構な量になったが、皆月は気にした様子がない。
「よかったのか、そんなに買い込んで」
「こっちのお金なんてどうせしばらく使わないもの。持ってても無駄でしょ?」
「そりゃまあそうだが」
「……今はとにかく強くなりたいのよ。そのための投資に躊躇うつもりはないわ」
皆月はそう言って、分厚い本がいっぱい入った袋を受け取り両手に下げる。
「うっ……」
どこかからうめき声が聞こえた。よく見れば皆月の足がプルプル震えている。
言わんこっちゃねぇな。……俺が言いたかったのは、今から晩飯の材料を買いに行くのにそんな重たいもの買って大丈夫なのかってことだったんだが……。
ったく……、
「皆月、片方貸してくれ。持つの手伝う」
「い、いいわよ別に。あたしが勝手に買ったものなんだし!」
「いいからいいから」
俺は皆月の手から袋を奪い取って歩き出す。……いや、めっちゃ重いぞこれ。よくこれ両手に持って買い物しようと思ったな。
「………………ありがと」
「なにか言ったか?」
「何でもないわよっ! ほら、さっさと買い出し済ませちゃいましょ! 行くわよ、涼一郎!」
「あ、おい。置いていくなって!」
さっさと先に行ってしまう皆月を、俺は慌てて追いかけた。
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