第14話 絶体絶命
「お初にお目にかかります。私の名はアドラス。魔王閣下が配下、デーモン31柱の1柱を務めております。以後お見知りおきを、異世界のお嬢さん方。くっふふふ」
アドラスと名乗り恭しく一礼したフクロウ頭の怪人を前に、あたしは必至に頭を回転させる。
どうやったら逃げられる……⁉
目の前のフクロウを良い奴だとは微塵も思わなかった。
あたしたちを見て細めた目が笑っていたからだ。
まるでおもちゃを見つけた子供のように。
こいつは人を何とも思っちゃいない。少なくとも話が通じる相手じゃないわ。
圧倒的強者を前に逃げろと本能が叫んでいる。
でも、そう簡単に逃がしてくれるわけがない。
……ならせめて、杏璃だけでも。
「杏璃、あたしが合図したら全力で扉の向こうに戻りなさい」
「み、みなちゃんは……⁉」
「心配しなくても後から追いかけるわ。今よ‼」
杏璃を扉へ戻らせ、あたしはフクロウ頭に向かって走る。
なんの策もなく突っ込むわけじゃない。
スキル〈創造〉。無から有を創る力。
真っ白な世界で自称神様が言っていた言葉が、頭の中に確かな知識として存在している。
使い方は、こうだ。
頭に創りたいものをイメージし、叫ぶ。
「〈創造〉……っ!」
思い浮かべるのはパパがコレクションしている日本刀。
記憶を掘り起こして、細部まで明確にイメージする。
〈創造〉はそのイメージを形にしてくれる。
無から有へ。虚像を実像へ。
右手に現れる確かな感触。あたしは日本刀を両手で上段に構え、
「はぁああああああああああああああああああああっっっ‼‼‼」
フクロウ頭めがけて振り下ろす。
けれど、
「〈操り人形(マリオネット)〉」
「――っ⁉」
振り下ろそうとした手が、止まった……?
「やれやれ、いきなり斬りかかってくるとは野蛮なお嬢さんですねぇ。くふふふふ。しかしこれはなかなか。面白いスキルをお持ちのようだ」
「な、何なのよこれっ! 体が、動かせないっ……!」
「私のスキル〈操り人形〉は対象の体の自由を奪うことができるのですよ。くふふっ。どうです、指先一つ動かせないでしょう……?」
「こ、のっ!」
どれだけ力を入れても、腕も足も何も動かない。かろうじて動くのは目と口だけ。あたしの体なのに、どうして言うことを聞いてくれないのよ……っ!
「くふふふっ。どうですどうですか? 自分の体が思い通りに動かない感覚は。さぞや気持ちが悪いでしょうねぇ。くっふふふ」
「ふざっけんな……! こんなのっ!」
「無駄ですよ。くふふ。ほうら、貴女はもう私の操り人形なのですから」
「……っ!」
体が勝手に動く。刀を振り下ろそうとしていた体勢から、直立の姿勢に。そして強引に振り返らされる。
あたしは目を見開いた。
「杏璃、あんたどうして‼」
あたしたちが通ってきた扉の前。そこに、逃げたはずの杏璃が居た。
彼女は胸の前で拳を強く握りしめて、アドラスをキッと睨みつけている。
「逃げろって言ったじゃない! なんでまだそこに居るのよ⁉」
「みなちゃんを置いて逃げられるわけない……!」
「……バカ杏璃っ!」
運動音痴で非力で馬鹿なくせに人一倍優しいんだから‼ 状況を何一つわかってない‼
あたし一人が死ぬか、二人まとめて死ぬか、どっちか一つなのよ⁉
そんなの、あたし一人が死ぬ方がずっといいに決まってるのに!
なのにっ……!
「くふふふふっ。美しい友情ですねぇ。彼女を見捨てて逃げていれば助かったというのに。くふふふふふふふふっ‼ いやぁ、実に壊し甲斐がある」
「――ッ!」
背筋にぞわりと冷たいものが走った。
こいつ……っ!
「杏璃には手を出さないで‼ 遊びたいならあたし一人で我慢しなさいよ‼」
「くふふふふ。何を言い出すかと思えば、良いですねぇ。人族にありきたりな自己犠牲の精神、私嫌いではありません。むしろ大好物。その尊い精神を汚し、犯し、壊しつくした先に見せる絶望の表情‼ 実に甘美な響きだと思いませんか?」
「…………くそぉっ」
狂ってる。予想以上に、想像以上にこいつはやばい‼
「杏璃、逃げて‼ お願いだから、あたしを見捨てて逃げなさいっ‼」
「おっと、それでは壊し甲斐がなくなってしまいますねぇ。くふふふっ。〈転移〉」
「なっ――⁉」
周囲に光が広がったかと思うと、一瞬で視界が映り替わった。
何もなかった荒野から、どこかの薄暗い建物の中。苔むした壁に四方を囲まれたそこには、祭壇らしきもの。そして、たくさんの人間の亡骸が転がっている。
「くふふ。私を召還した人間どものアジト。ここから逃げることは不可能です。くっふふふふふ」
あたしは人間の死体に視線を奪われた。もう死んで長く経っているらしくほとんど白骨化してしまっているその亡骸たちは、みな一様に互いに剣を刺し合ったような姿で倒れこんでいる。
まるで、人間同士で殺しあったかのように。
……まさか。まさかまさかまさかっ‼
「あたしに杏璃を殺させるつもりなの……⁉」
「おやおやおやおや。くふふっ、ご明察。いやぁ、随分と聡いお嬢さんですねぇ」
「い、いや……。いやよっ! やめてっ! それだけはっ……!」
「くふふっ」
体があたしの意に反して動き出す。杏璃に向かって一歩、また一歩。
「杏璃、逃げなさい‼ 逃げて‼」
喉が枯れて掠れるほどに叫ぶ。けれど、杏璃は逃げない。
「……みなちゃん、ごめんね。わたしがりょー君を探しに行こうって言ったから」
「違う‼ 違うわよ、杏璃! お願いだから、逃げてよ……っ!」
杏璃は首を横に振る。杏璃は動かない。
まるで受け入れるように、杏璃は大きく両手まで開いて。
「みなちゃんは悪くないよ」
「――ッ」
あぁ……、そっか。あたしたちもう、助からないんだ。
どれだけ杏璃に逃げろと叫んだって逃げ場がない。
杏璃はそれをちゃんと理解していて。
自分があたしに殺されることをわかっていて。
だからせめてと、あたしの罪悪感を和らげようと……。
バカ。バカバカバカバカ‼ そんなので罪悪感が和らぐわけない‼ あたしが救われるわけがない‼ 大切な幼馴染を、大好きな杏璃を殺してしまったら。
もうあたしに、生きている価値なんてない。
「くふふっ。さぁ、ショーの始まりでぇーす」
「い、いや……、やめて……っ! 嫌ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ‼‼‼」
軽く風を切る音が耳朶に届く。
温かな液体が、あたしの頬に飛び散った。
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