第27話 山本流護衛剣術

「わぁ! あれが車ですね! あっちがバイクに、あれは郵便ポスト!」


「随分と詳しいな、ユリア」


「お母さんから教えてもらったんです!」


 道場までの道すがら、ユリアは行き交う車や目に入る物の名前をほとんど言い当てながら歩いていた。


 なんでも、こっちの世界のことをソフィアさんから寝物語として幼い頃から聞かされていたそうだ。


 この分だとテレビを見ても「箱の中に小人たちがいます!」とは言ってくれないだろうなぁ……。


「あの、おにいちゃん。今から向かう場所っておにいちゃんの剣の師匠がいらっしゃるところなんですよね?」


「剣の師匠……ってほどでもねーけどな。普通に学校の後輩だよ」


 中学の頃からの付き合いで、名前は山本和樹という。山本流護衛剣術道場の跡取り息子なんだが、ちょっとした出来事から知り合った仲だ。


「どんな感じの人なんですか?」


「犬だな」


 それも忠犬。俺が道場閉鎖の危機に少しだけ手伝ったせいか、今も恩を感じてか何かと世話を焼いてくる奴だ。


「へぇー。犬の後輩さんですか」


「っと、着いたぞ」


 俺たちが立ち止まったのは、立派な和風門の前だった。


 白銀宮にはさすがに負けるが、和風垣に囲まれた敷地はそこそこ広い。この門の向こうに道場と母屋、離れに蔵と和風のお屋敷が広がっている。


 門をくぐって道場に向かう。道場の扉を開いてそっと中を除くと、細身の男性が一人。道場の中心で木刀を構え瞑想しているところだった。


「和樹、ちょっといいか?」


 俺が声をかけると、和樹は大きな瞳をパッと開いて俺を見て目を丸くした。


「隼垣さん⁉ モロッコに留学したんじゃなかったんスか⁉」


 なんでアフリカに留学したことになってんだよ……っ!


 普通にアメリカとかイギリスとかでいいだろうがっ!


「い、一時帰国したんだ。悪いな、鍛錬の邪魔をして」


「いや、ぜんぜん大丈夫ッスよ!」


 和樹は構えを解くと俺の方へ駆け足で寄ってくる。こういうところも犬っぽいんだよな。


「というか珍しいッスね。隼垣さんが道場に来てくれるなんて。……っと、あれ? そっちの子は?」


 和樹は俺の隣に立つユリアに気づいて尋ねてくる。


「は、はじめまして。ユリア・アメリアーナ、です。おにいちゃんの、妹です!」


 ユリアは緊張した面持ちでぺこりと頭を下げた。


「あ、どうも。山本和樹ッス。隼垣さんの後輩で……って、隼垣さん妹居たんスか⁉」


「ああ、まあ……な」


 驚くのも無理はない。俺も知ったのは1週間前だ。


 はえー、と和樹はユリアをまじまじと見つめる。ユリアは人見知りが発動したようで俺の服をきゅっと握ってきた。


「和樹、ユリアが怖がってるだろ」


「えっ? ああ、すいませんッス。そんなに怖がらないでください、ユリアさん」


「は、はい……」


 ユリアはこくりと頷くがなかなか俺の服を放してくれない。皆月や杏璃とはけっこうすぐに打ち解けていたが、和樹が男だからだろうか?


 でも、俺には初めからあるていど普通だったよな……?


「それで隼垣さん。今日はどうしたんスか?」


「ああ、実は剣の稽古をつけてもらいたくてな。今から大丈夫か?」


「もちろんッス! でも、急にどうしたんスか? ここ最近、ほとんど道場に顔出してくれなかったのに」


「それはすまん……。ちょっと必要に駆られてな」


「へぇー。向こうって治安悪そうッスもんね」


「あ、ああ……」


 確かに日本と比べると治安は悪いがたぶん和樹がイメージしている『治安の悪さ』とは少し違う。まあ、わざわざ説明する気はねぇけど。


「了解ッス! そんじゃさっそくやりましょうか」


 入り口で裸足になって道場に入る。足裏に感じる冷たさが懐かしい。


 ユリアには壁際で見学してもらって、俺と和樹は道場の真ん中で木刀を持って向き合った。


「和樹、できれば守りから攻撃への切り替え方を教えてほしい。今の俺じゃ受け流すだけで精一杯で防戦一方になっちまうんだ」


「了解ッス。とりあえず手本を見せるんで、テキトーに打ち込んできてもらっても良いッスか?」


「了解だ……っ!」


 俺は木刀を構え和樹との距離を一気に詰める。


 まさかとは思っていたが、〈エンテゲニア〉でのステータスがこっちにも引き継がれていた。レベルアップで上昇した筋力値と敏捷値で和樹に斬りかかる。


 本来なら手加減すべきところなんだろうが、


「隼垣さん強くなったッスね」


「……っ」


 俺の斬撃は、和樹に軽々といなされる。


 俺が打ち込むたび、和樹は木刀と体を自在に操って巧みに斬撃の威力を逃がしている。


 これが山本流護衛剣術の基本。


 攻撃を捨て防御に徹し、攻撃を受けて受けて受けまくる。


 まるで霞を斬っているような感覚だ。

鍔迫り合いにはならず、刀はことごとく受け流され続ける。


 マジかよこいつ……! アドラスを倒したことによるレベルアップでSTRは元の10倍だぞ。多少は勝負になるかと思っていたのに、涼しい顔で斬撃を捌いてやがる。


「うちの剣術の基本は守りッス。守って受けて捌いて流して。相手にひたすら攻撃させて自身の守りを忘れさせる。そうすれば段々と相手の攻撃は大ぶりになり始めて」


「――ッ!」


「その隙を突く。ま、こんな感じッスね」


 大ぶりの斬撃を受けずに躱された直後、俺の首に木刀が添えられていた。


 つ、つえー……。


 和樹の奴、やっぱミシェルさんと同等くらいには腕が立つ。のらりくらりと攻撃を受け流され続け、いつの間にか負けていた。


 これを物にできれば、俺もミシェルさんとある程度はいい試合になるか……?


「基本は我慢と隙を見逃さない瞬発力ッスね。今の隼垣さんならすぐに身につくと思うッス。つーか、モロッコでどんな修行してたんスか。強さも速さも半端なかったッスよ」


「ま、まあ色々とな」


 本当はレベルが上がって強くなったんだが、さすがに信じちゃくれねぇだろう。


 つーか、さっきも思ったがSTRやAGIが10倍近く上昇しても勝負にすらならねぇなんて、技を極めた人間って相当強いんだな……。


「そんじゃまずは基本のおさらいからッスけど――」


 和樹が俺に手ほどきを始めようとしてくれたちょうどその時だった。




「和樹さん、お茶を淹れたので休憩されませんか?」




 道場の外から見たことのない少女が顔をのぞかせた。


 日本人じゃなさそうだ。


 淡い青色の髪のツインテール。赤と碧のオッドアイで、顔立ちは幼く見えるが表情の起伏に乏しく感情が読み取れない。


「アンナっち!」


 彼女を見た途端、和樹がぱぁっと表情を明るくして道場の入り口に駆け寄っていった。


 ははあ、なるほどな……。


 こりゃ皆月と杏璃に面白い土産話を聞かせてやれそうだ。

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