第7話 後悔と決意
白銀宮にて俺たちを出迎えてくれた、白銀騎士団の団長。親父の戦友だったというロズワルド・マーキスは、俺に向かって何ら躊躇いもなく剣を振り下ろした。
「しまっ――」
話し合いの余地があるんじゃないか。
そんな淡い期待を抱いていた俺は、その剣にまったく反応できなかった。
死ぬ。剣で斬られたらどれだけ痛いんだ……?
全てでスローモーションに映る世界で、俺は見た。
振り下ろされる剣から俺をかばうように、一人の少女が目の前に躍り出たのを。
鮮血が舞う。
ロズワルドの剣や鎧に飛び散った血は、真っ赤な花の花弁のようだった。
銀色の髪がひらりと揺れ、雪の結晶を象った髪留めが地面に落下した。
少女は力なく、俺の胸に倒れこむ。
俺はユリアを、受け止めることしかできなかった。
「ユリア……?」
ユリアを受け止めた左手に、温かくべったりとした液体がまとわりつく。それが彼女の血だと理解するまでに幾秒かの時間がかかった。
なんだよ、これ。どうしてこんなことになってるんだよ‼
「ユリア、しっかりしろ! ユリアっ‼」
「おにぃ……ちゃん…………」
ユリアは俺の胸の中で、譫言のようにそう言った。
真っ白な冷たい手が俺の頬に触れる。するとユリアは、安心したように微笑んだ。
「無事で……、よかった…………」
「……ああ。ユリアが守ってくれたおかげだ」
「……逃げて、おにぃ……ちゃん…………」
最期の力を振り絞るようにユリアは言う。
致命傷だ。医学知識に関しては素人な俺にもわかる。
ユリアはもう、助からない。
「なんだよ、それ……。どうして、こんなことになるんだよ‼ 答えろよ、ロズワルド‼」
剣を手にし、こちらを冷たく見下ろしていたロズワルドに叫ぶ。
彼の剣の切っ先からはぽたぽたと血が垂れていた。
「あんた、親父の戦友だったんだろ⁉ さっきだって、親父に救われた命をこの国のために使うって言ってたじゃねぇか! それがどうして――」
「使っていますよ、涼一郎様。何一つ、私の言葉に偽りはございません。アウグス王国のため、涼一郎様とユリア様には死んでいただく。それが我らの願いです」
「……ッ」
ロズワルドの瞳は一切揺らがない。明確な決意と考えのものに、彼らはこうして俺たちを殺そうとしているのだ。
「勇者様には、確かに我らの村を救っていただきました。勇者様のおかげでアカジ村に襲い掛かってきた魔王軍は撤退し、我々の村は生きながらえることができた。そこまでは良かったのです」
ロズワルドは語りながら、一歩、また一歩と俺たちに近づいてくる。
「ですが、戦場となった我らの村は見捨てられた。勇者様はご存じないでしょう。勇者の栄光ある戦いの裏で、数多くの村がアウグス王国の正規軍により略奪を受けていたことを。我らの村は、アウグス王国によって滅ぼされたのだ!」
怒り、悲しみ、苦しみ、恨み、そして絶望。
ロズワルドを支配する感情が滲み出てくるように、彼は声を強めていく。
「だから我らは決意した! この命を、この国をより良いものへするために使うと! 腐敗し、堕落したこの国を変えるために使っていくと!」
「……だから、王位継承権を持つ俺たちを殺すのか」
「その通りですよ、涼一郎様。あなた様は第四位の王位継承者であり勇者様の息子です。十分に王となる資格はある。あなた様が王位を継ぐことを望む者も多いでしょう。だから殺します。我らには、腐敗の象徴たる王は必要ないのです」
「そうか。あんたらは革命を起こす気なんだな」
フランス……いいや、ロシア革命か?
王位継承者を皆殺しにし、王族を根絶やしにして王制を終わらせる。それがロズワルドたちの目的なのだろう。
親父はかつてこの世界を救った。大勢の人たちを救った。
けれど、救えなかった人たちは確かに居て。
親父を都合よく利用していた連中だって居て。
積もり積もった怨嗟が、巡り巡って俺たちに降りかかろうとしている。
何だよ、それ。完全にとばっちりじゃねぇか‼
「お、……にぃ…………」
俺も、……ユリアだって何も悪くないはずなのに。
抱きしめた体が冷たくなっていく。虚ろな瞳が、俺を見つめている。その瞳に光はなく、俺のことが見えているのかどうかすらわからない。
どうしてだ。
どうしてユリアが死ななくちゃいけないんだ?
理不尽だ。こんなの、理不尽すぎるだろ‼ 王家の血を持つから、親父が勇者だったから。そんなこと俺たちが望んだわけじゃない。俺たちが選んだわけじゃない!
ようやく、ユリアと兄妹らしくなれそうだったんだ。こいつは妹なんだって、実感がわいてきそうだったんだ。
殺されてたまるかよ。ユリアを死なせてたまるかよっ‼
「ロズワルド、お前たちの志を否定はしねーよ。王族を恨む気持ちも、腐敗した王制を変えようって想いも、間違ってねーと思う。……だからって、納得できるわけねぇだろうが‼」
理不尽に村を奪われた彼らが、理不尽に俺たちを殺そうと言うのなら。俺からユリアを奪おうというのなら。
俺は、その理不尽を更なる理不尽で塗りつぶす。
「……すまん、ユリア。初めからこうしておけばよかったな」
使い所を見誤った。あわよくば使わずに済めばいいと思っていた。
そのせいでユリアは、俺をかばって剣を受けて。
……これじゃ兄貴失格だ。
俺は自らの唇を、ユリアの唇に重ねた。
「見苦しい真似を……! やはり王家は腐敗している‼ 死ね、この国を正しい形にする礎となりなさい‼」
ロズワルドは、俺に向かって剣を振り下ろした。
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