第10話 ステータス確認

「ようやく体が動くようになってきたな……」


 太陽はすっかり沈んで今は夜の九時過ぎだ。


 白銀宮で宛がわれた客室の中で、軽く体を動かしてみる。


 手足ともに指先まで感覚がはっきりしている。ついさっきまで、本当に体が一つも動かせなかった。


 何なら顎の噛む力すらほとんどなくて、親父やユリアたちが美味そうな肉料理や果物を食ってる横で俺だけ野菜が原型を失うまで煮込まれたドロドロの野菜スープを、ソフィアさんとユリアにスプーンで口に運ばれながら食べた。


 美味かったけど、あの恥辱は一生忘れん。


「ふふふ、涼一郎が赤ん坊の頃を思い出すわねぇ」


「お母さんその話詳しく」


「おいやめろ! 頼むからこれ以上俺を辱めないでくれ……」


 地獄のような食事の時間が終わると、親父に風呂に入れられた。


「まさか親より先に息子を介助することになるとはな……」


「悲しいこと言わないでくれ……」


 これまた地獄のような時間が終わってようやく今に至る。


 つーか、素直に食事も風呂もデバフの効果時間が切れるまで待てば良かったな……。


 次からはそうするか。


「……って、次があってたまるか!」


 二度と使ってたまるか、こんな欠陥スキル‼ 使用後三時間も動けなくなるとか弱点あり過ぎだろうがっ‼


 ……ったく、怒りのあまり自分で自分にツッコミを入れちまった。


 この世界に居る以上、今日みたいなことが今後ないとも限らねぇ。無敵スキルも使い所が限られるし、使った後は地獄だし、可能な限りこれに頼らず生きていきたいもんだ。


「ステータス」


 ベッドに腰掛け、視界に浮かぶ文字列に目を通す。


【隼垣涼一郎】【男】【人族】【レベル:3】【職業:無職】

【STR:148】【VIT:103】【INT:55】【RES:32】【DEX:88】【AGI:125】【LUK:5】

【スキル:異性とキスすると3分間だけ無敵】


「ツッコミどころがあり過ぎる……っ!」


 まず職業無職ってなんだよ! こちとら普通に学生だわ‼ ……いや、こっちの世界じゃ無職なのか……?


 あと、LUKの数値は見なかったことにする。泣きたくなるから。


「スキルは一個だけ……。魔術は習得なしか」


 口元に手を置いて考える。


 無敵スキル発動中、俺は取得できる全てのスキルと魔術を使うことができた。頭の中にはそれらに関する知識が存在していたし、どのスキルや魔術をどのように使えばいいか瞬時に判断することもできた。


 けれど今、それらに関する知識は俺の頭にない。まったく思い浮かばない。かろうじて回復魔術と闇魔術便利だったなぁという感想が浮かぶだけだ。


 スキルに関しても同様で、使った〈絶対防御領域〉以外の知識はほとんどない。


「スキルツリー」


 ディスプレイが切り替わる。このページは、取得可能なスキルの一覧らしい。スキルの取得にはレベルアップ時に貰えるスキルポイントが必要なようだ。


 今、俺が取得できるのは幾つかの耐性強化スキルのみ。スキルポイントは2しかない。


「うげっ、〈絶対防御領域〉スキルポイント300要るじゃねーか。レベル上限100以上なのかよ」


 レベル300までスキルポイントを節約してようやく取得できるスキル。そりゃ強いわけだ。物理魔術問わず、自分の周囲半径1メートルで無効化だもんな。


 スキルポイントの割り振りはもう少し慎重に考えるか。後で親父にも相談してみよう。


「魔術ツリー」


 今度は取得可能な魔術一覧に目を通す。


 こっちはスキルポイントのようなシステムじゃなくて、魔術の系統毎の熟練度式らしい。


 俺が今使えるのは、闇の魔術と回復魔術の初歩魔術のみ。これを使っていくごとに熟練度が溜まり、それに応じたランクの魔術が使えるようになっていくようだ。


 魔術系統の開放はレベルによるみたいだな。


 無敵スキルの発動中に使った時空魔術は、レベル250で初歩魔術が開放されるらしい。〈時間停止〉までの道のりは〈絶対防御領域〉よりも遠そうだ。


「……ったく、つくづくゲームだな」


 ベッドに倒れこんで思わず呟く。


 この布団の感触も、沈みこむような柔らかさのマットレスも、肌に触れる空気も、全て本物としか思えない。


 ……今更疑う余地もねぇ。ここは間違いなく現実なんだ。


 親父はこの世界で、勇者として魔王と戦ったんだな。


 どんな戦いだったんだろう。いつか、本人に聞いてみるか……。


 今日はこのまま寝ちまうか。そう思って瞼を閉じたときだった。


 ――コンコンコン。控えめに三度、ドアがノックされる。


「誰だ……?」 


 こんな遅い時間に部屋を訪ねてくるなんて。夕方のこともある。警戒しながら俺が扉に近づくと、扉の向こうから声がした。


「お、おにいちゃん。わたしです。ユリアです」


「ユリア?」


 扉を開くと、寝間着姿に枕を抱えたユリアが立っていた。


 淡いピンク色のネグリジェを着た彼女は、日中よりも幼く見えた。それでいてソフィアさん譲りの胸元が強烈な主張をしている。


 お、落ち着け俺! ユリアは妹ユリアは妹ユリアは妹‼


 大きく息を吐いて平常心を取り戻す。平静を装って、俺はユリアに声をかけた。


「こんな時間にどうしたんだ、ユリア?」


「あ、あのですね、おにいちゃん」


「おう」


「その、わたしの隣の部屋がお母さんの部屋で。今日、勇者様もその部屋に泊まってまして」


「ん?」


「そしたら、えっと……。お母さんの声が」


「…………」


「今まで聞いたことのないような声がして。わたし、怖くなって! わたし、お母さんのあんな声聞いたことなくって! たぶんお母さんと勇者様セ――」


「わかった! わかったから皆まで言うな、妹よ! 怖かったよな、もう大丈夫だ。この部屋は静かだから」


「おにいちゃん……っ!」


 よっぽど怖い思いをしたんだろう。ユリアは雪のように白い肌を真っ赤にして、目じりには涙まで浮かべていた。


 ……ったく、あいつら。娘が隣の部屋に居るのに何やってんだ。

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