第22話 幼馴染と妹

「涼一郎もそんなとこ突っ立ってないで座りなさいよ。ほらここ」


 皆月はソファに座りながら自分の隣をポンポンと叩く。


 座れって、隣に座れってことか?


 広めのソファがローテーブルを挟んで二対あるんだから、そんな近くに座らなくてもいいと思うんだが……。


 まあ、せっかくのお誘いだしな。あえて遠くに座るのも感じが悪い。


「それで、遊びに来たって言ってたけど何するんだ?」


 皆月の隣に座りながら尋ねると、彼女は唇に人差し指を当てながら考え込む。


「何がいいかしら。簡単にイメージできるものなら何でも出せると思うけど」


「じゃあトランプしようよ!」


 と、いつの間にかソファの近くに来ていた杏璃が答える。杏璃はそのまま俺の隣に座ってむぎゅっと体を寄せてきた。


「お、おい杏璃! ちょっと近づきすぎだ」


「えー? そうかなぁ?」


「トランプねぇ。それならイメージも簡単だわ」


 なんて言いながら皆月まで体を俺に密着させてくる。


 どこからともなく二種類の甘い香りが漂ってきて、頭がくらくらしそうだった。


「な、なぁ……。本当に近すぎるだろ」


「あたしたちにとっては別に普通でしょ」


「そうそう。こんな感じでソファに座ってよく映画とか見てたよね」


「いつの頃の話だよ! 小学生か中学生の頃だろ、それは」


 あの頃はとくに気にもしなかったが、あの頃と今じゃ色々と違うだろ。お互いに成長したというか、距離感にはもう少し気を遣う必要が出てきたというか。


 杏璃はともかく皆月はその辺ちゃんとわきまえていると思ってたんだが……。


「いいでしょ、今日くらいは」


 皆月からぽつりと呟かれた言葉に、俺はハッとさせられる。


 ……そっか。二人は明日、元の世界に帰るつもりなんだな。


 しばらく会えなくなるから、幼馴染として昔みたいに少し近い距離間で接したい。そんな気分なんだろう。


「わかった。好きにしてくれ」


 変に肩肘張らず、もう受け入れることにした。俺だって皆月や杏璃としばらく会えなくなるのは寂しい。


 せめて今日くらいは昔の距離感で、気が済むまでトランプでもなんでも遊んで幼馴染らしく楽しく過ごしたっていいだろう。


 なんて考えていた時だった。


「おにいちゃん、またお母さんと勇者様が――ってこっちも⁉」


「違ぇよっ!」


 血相を変えて部屋に飛び込んできたユリアにすかさずツッコミを入れる。俺たち幼馴染の清廉潔白でエモーショナルな空間をあいつらの情事と一緒にされてたまるかっ!


「あ、ユリアちゃん!」


「杏璃、捕まえるわよ!」


「らじゃーっ!」


「え、ええぇっ⁉」


 部屋に入ってきたユリアは速攻で皆月と杏璃に捕獲されてしまった。


 今度は俺の対面にユリアを挟んで二人が座る。さっきのエモーショナルな空間はどこ行った……?


「あ、あのあの」


「こんばんは、ユリアちゃん。私の名前覚えてる?」


「あ、杏璃さん……ですよね?」


「うん! これからよろしくね!」


 ん? これから……?


「あたしも改めて。涼一郎の幼馴染の水瀬皆月よ。しばらくお世話になるわね」


 しばらくお世話になる……?


「なあ、二人とも。明日帰るんじゃないのか?」


「え、帰らないよ?」


「誰も帰るなんて言ってないでしょ」


「マジかお前ら」


 じゃあさっきのは何だったんだよ。


 つーか、正気か?


 あんな目にあったんだぞ。普通は一刻も早く帰りたいって思うはずだろ。


 幼馴染だけど、こいつらの考えてることわっかんねぇー。


 ……まあ、こっちの世界でも一緒なのは正直ちょっと嬉しいが。


「あ、あの。ユリア・アメリアーナ……です。お兄ちゃんの妹、です。よろしく、お願いします」


「りょー君の妹ちゃんってことは、私の妹でもあるね」


「あらねーよ?」


「杏璃の妹ならあたしの妹でもあるわね」


「だからあらねーって!」


 何言ってんだこいつら。勝手に俺の妹の姉になろうとしてんじゃねぇ!


「あ、あの……。お二人はおにいちゃんの幼馴染……ですよね?」


「ええ、そうよ。あたしは小4……って言っても伝わらないかしら。10歳の頃からの付き合いで、杏璃は幼稚園の頃からよね?」


「うん、そうだよ。だから10年くらいの付き合いになるかなぁ」


「10年……」


 ユリアはどこか考え込むような表情を見せる。


「ユリア? どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、ユリアは顔をパッとあげて皆月と杏璃の手をつかんだ。


「杏璃さん、皆月さん。わたし、おにいちゃんのこともっと知りたいです!」


「涼一郎のこと?」


「はい。わたし、妹なのにおにいちゃんのこと何も知りません。だから、お二人が知っているおにいちゃんのこと、教えてくださいませんか? お、お願いします!」


 頭を下げるユリアに、皆月と杏璃は互いに顔を見合わせる。


 で、できればそういう話は俺の居ないところでしてくれると嬉しいんだけどなぁ……。


「いいよ、ユリアちゃん。ちょっと長くなっちゃうかもだけど」


「朝までコースは確定ね。ユリア、覚悟はできてるかしら?」


「の、望むところです!」


 ユリアは胸の前で拳を握って気合を入れた様子で答える。


 ユリアが皆月や杏璃と仲良くなれるならいいんだけどな。


 でもせめてほかの部屋でやってくれ……。


 それから結局、俺の昔話で盛り上がる三人に朝まで付き合わされたのだった。


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