第5章

第25話 愛する人を探して

「先行したアルター・モラリス一〇機が全滅した」


 リーベの言葉で、ただでさえ重苦しかったブリーフィングルームの空気が加重された。


 あの日からロキエはラルア、ピルリスの両名と言葉を交わしていない。ピルリスはそれが普通ではあるものの、ラルアは明らかにこちらを避けていた。視線が合うとすぐに逸らされる。あからさまだった。


 ただ、今は関係回復を図るだけの時間はない。


「敵の主力は上級天使一体と、中級天使が二〇体以上。上級天使はザラキエルと名乗っている。お前たちが以前に遭遇した大鎌の天使だ」


 一方的に蹂躙された相手。天眼持ちで、視るだけで相手の動きを封じるという破格の効果。大鎌による遠距離攻撃も厄介だ。


「前回の戦闘から分析を行った。まあ、推測の域は出ないが、概ね正しいはずだ。ザラキエルは天眼と大鎌の能力を同時に行使できない。また、天眼は視界に入った生物の動きを止める。これは座標固定や時間停止とは異なり、あくまで動きを封じるだけのようだ。姿を見られなければ効果は受けない。そこに勝機があるだろうな」


 リーベはそこで黙り込んだ。ロキエの方にチラチラと視線を寄こし、口を開こうとしては閉じて俯くというのを繰り返す。


 いつもならすぐにラルアの堪忍袋の緒が切れて怒鳴り、続きを促すのだが、彼もまた押し黙っている。彼に似合わない、思い詰めたような表情で目を伏せていた。


「リーちゃん?」


「…………ああ」


 言い淀んでいたリーベはロキエの方を向く。そして覚悟を決めたように重い口を開いた。


「中級天使の中に、上級天使に匹敵する強さの天使が一体いる。彼女はかつて天輪使いだった少女だ」


 どうやってエミルを探すか。手詰まりだった状況に、その知らせは渡りに船だった。


「戦闘から生きて帰った者の報告によれば、彼女はずっと同じ言葉を口にしているそうだ。ロキエはどこ、と」


 ロキエはガッツポーズしそうになるのを堪えた。エミルはまだ人格を残している。最悪の事態にだけはならずに済んだ。


「どうしてお前のことを覚えているのかはわからないが、会いたくて探しているわけではないことは確かだ。天輪使いと戦うことになんの躊躇いも見られない」


 リーベはロキエの下まで歩み寄り、その肩に優しく手を乗せる。


「お前の知るエミルじゃない。間違っても話し合おうなどと思うな。殺されるぞ」


「はい、わかってます」


 エミルの昇天になんらかの不具合が生じているのかもしれない。天使として人間を殺すという使命と、人間としてロキエと会いたいという願望が入り混じり、ロキエを殺すことを目的に侵攻に参加しているのだろうか。


 なんにしても、向こうから会いに来てくれるなら好都合だ。


 喜びを顔に出さずに済むように、ロキエは唇を噛み締めた。ここで思惑が露見してはいけない。この機会を逃せばエミルを救う可能性が潰える。それだけは何としてでも阻止しなければならない。幸いにもラルアはリーベに漏らすつもりはないようで、硬く口を閉ざしていた。


「ゼルエル戦よりも厳しい戦いになるだろう。絶対に気を抜くな」


 部屋にいる面々の顔を順に見回して、彼女は鋭く息を吐いた。


「全員生きて帰ってこい! 以上だ」


「もちろんだよー」


 パルを先頭にみな車庫へ向かう。


 部屋を出てすぐにロキエは引き留められた。パルたちと距離が離れたのを見計らってから、リーベは神妙な面持ちで口を開く。


「無理に行く必要はない。特にお前は――」


「大丈夫です。僕だって天輪使いですから」


「私は心配なんだ。お前とあいつのことは昔から知ってる。どんな関係か。どれほど互いを大切にしていたか。だからこそ、お前自身の手であいつを殺してほしくない」


 リーベは泣きそうな表情で、必死に言葉を絞り出す。ロキエを止めるために。彼の心を守るために。


「私は何人も見てきた。大切な人を殺すということは、自分自身を殺すのと同じことなんだ」


 ――だから思いとどまってくれ。


 リーベは懇願するように言った。指揮官としては失格だと知っていて、それでも彼女は見過ごすことはできないと。


 もはやそれは彼女の望みでしかない。だからロキエは嬉しくて、胸が痛かった。


 リーベならきっとロキエのやろうとしていることを伝えても上に報告はしないだろう。しかし、彼女には話せなかった。彼女はきっと協力してくれる。それで問題が起きれば彼女の責任問題になりかねない。


 だからせめて、ロキエはできる限りの笑みを浮かべた。彼女の不安を吹き飛ばし、陰った顔を晴らせるように。拳を握りしめ、強く頷く。


「安心してください。エミルは必ず――――助け出します」


「は? …………お前、なに言って」


 リーベの追求が始まる前にロキエは駆け出した。振り返ることなく、まるで悪戯が成功した子供のように笑みを噛み締めて。


「待ってて、エミル」

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